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のんびり進める読書・朗読の会

私が見つけた異化

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 異化とは、文学表現を文学表現たらしめる基本的な手法であり、日本では、大江健三郎が熱心に紹介しました。『新しい文学のために』(1988年)において大江は、日常的な言葉が文学表現の言葉に変わるのは異化という仕組みを通してであるとし、飼い猫のエピソードを語ります。

 

 ある男が、友人とテーブルをはさんで話をしています。そこへ男の飼い猫がやって来て、テーブルの下に潜り込み、喉をゴロゴロさせます。しかし男は話に夢中なので、いつも通り猫がいることを、ただぼんやりと知覚するのみ。そして、その猫がいなくなってから、友人が言うのです。「いまの、お宅の猫だけど、足に怪我していたね?」

 

 この時、その友人にとって飼い猫は異化されていたことになります。ぼんやり知覚させるのではなく、猫を明視させて「もの」として感じさせること。それが異化の役割であり、それこそが芸術の目的だと大江は言います。

 

 また『小説の経験』(1994年)収録のエッセイ「中野重治、佐多稲子の水」では、二つの小説を例として異化を語っています。大江によれば、中野と佐多は、我々がふだん見慣れている水を異化し「もの」として感じさせる小説を書いたのです。

 

 こうした大江の考えを踏まえ、文芸作品に異化を見つけて、朗読します。

⚪︎進め方⚪︎

 

(1) 『小説の経験』に収録の「中野重治、佐多稲子の水」を読み、異化とは何か、おおよそ理解します。本は冬營舎に置いてあるので冬營舎で読んでもかまいません。

 

(2) 文芸作品(俳句、短歌、詩、小説、随筆など)を読み、「ここに異化がある」と思える箇所を見つけます。

 

(3) 後日、冬營舎で開かれるはずの朗読会に参加して、見つけた異化を朗読し、ともに味わいます。

​問い合わせ:細田雅大masahiro.hosoda@gmail.com

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