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米国リールの老舗
PENNをフィリーに
表敬訪問 in 2014
文と写真:細田雅大

●感謝の気持ちを伝えに工場へ

 アップルは今でこそ世界最大の企業の一つだが、70年代は、創業直後の小さなコンピュータ・メーカーの一つだった。
 創業者の一人、すごく有名ではない方の「もう一人のスティーブ」ことウォズニアック氏は、当時の主力製品、アップルIIの調子が悪くなったと苦情が入ると、ハンダゴテを携えて顧客宅を訪れ、自ら修理したと言われている。
 製品を作った本人と買った利用者の間の、こうした垣根の低さは、とても好ましい。効率と利益がますます重視される現在では、もはや珍しい光景なのかもしれない。
 しかし、私が趣味とする米国の釣りの世界には、ウォズニアック氏ほどではないにしても、まだこうした垣根の低さが残っている。
 私事で恐縮ながら、このたび15年に及ぶ米国生活を切り上げて帰国することとなり、その記念として、米国を代表するリール・メーカー、ペン(PENN)の工場をフィラデルフィアに訪ねた。
 ペンが誇る最高級スピニング・リール「トルク」を入手し愛用するようになって以来、私は、垣根の低い同社顧客サービスのお世話になりっぱなしである。帰国を控え、米国生活に潤いを与えてくれた工場の皆さんに、感謝の気持ちを伝えたくなったのだ。

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1932年創業だから80年以上の歴史がある老舗ペン。レンガ造りの工場には質素な看板
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●パーソナルな顧客サービス

 フィラデルフィア市中心部からバスに乗って30分強のところに、工場はあった。レンガ作りの質素な建物だ。大きな看板やロゴは見当たらない。小さな文字で「PENN FISHING REELS」とあるのみで、質実剛健というペンのイメージにぴったりな気がする。
 プロダクト・スペシャリストという肩書を持ち、顧客サービス(修理含む)を担当するトニー・デューベックさんが出迎えてくれた。
 日本にもダイワやシマノなど世界的に著名なリール・メーカーがある。しかし、その工場で働く社員が、自社のサイト以外のオンライン・フォーラムに実名で現れ、釣り人の疑問にいちいち対応したり、一人一人の顧客と、問題が解決するまで私的なメールのやり取りを続けるのは珍しいのではないだろうか。
 しかし、トニーさんは、そうしたことをマメに行うのである。繰り返し問われる質問などは、自社のサイトに「Frequently Asked Questions(よくあるお問い合わせ)」のページを設け、そこにまとめて表示しておけば、ずいぶん手間が省ける気もするが、トニーさんはそうしない。一人一人の釣り人(あるいは顧客)との直接のやり取りに意義を見出している。何度も回答済みの同じ質問がフォーラムにまた出されても、まるで今回が初めてであるかのように対応する。
 「僕にとっては何十回目かの質問だとしても、その人にとっては初めてなわけだからね」とトニーさん。
 私自身、トルクの調子がおかしくなった時、ペンにメールを送ってみたら、トニーさんからすぐに親密な返信があり、数回のメール交換が続いた。結局、修理に出すことになったが、愛機を送り出した先は「顧客サービス部」でも「修理メンテナンス部」でもなく、トニーさんという個人だった。
 以来、何を尋ねても、迷惑そうな素振りを見せず、快くトニーさんは対応してくれる。そして最後はいつも「質問があったら何でも聞いてよ」である。私の場合、トルクへの愛着は、トニーさんとの交流によって強まった感がある。

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リールを修理するトニー・デューベックさん。その他、コンピュータの前に座って質問や苦情に対応する
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●テクノロジーはクォリティーのため

 約60人が働いているという工場全体を、製造部門の管理をしているデビッド・シャンクスさんが案内してくれた。デビッドさんによると工場は、3つの部門から成り立っている。製品の企画デザインを行うPI(プロダクト・イノベーション)部門、製造部門、そして顧客サービス部門である。
 カタログを見て、シマノやダイワなど日本のメーカーは科学技術の最先端、でも老舗のペンは昔ながらの古き良き手工業、というイメージを抱いていた私は、3Dプリンターという先進機器がPI部門で使われているのを見て驚いた。
 デザインの過程はIT化されており、デザイナーがモニターの画像に付された数値を変えると、全データが連動して変化し、関連部署で共有される。そして3Dプリンターで模型を作り、手で触って確かめながら、試行錯誤を繰り返していく。
 最新テクノロジーに目を見張る私に釘を刺すかのように、デビッドさんが言った。「テクノロジーは素晴らしいけど、それ自体が重要なのではなく、テクノロジーを用いて達成するクオリティーが大事なんだ」

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5年ほど前、流れ作業式の大量生産から、高品質製品の少量生産に切り替えた。今は1人のスタッフが1つのリールを最初から最後まで組み立てる。写真は、筆者も愛用するトルクを組み立てるジーナさん。この工場で生産されたリールにのみ「Made in USA」と付される
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●「シンプルにし、しっかり動くように」

 それほど人数は多くないと思うが、日本国内にも、ペンの愛好者は存在する。日本のリールに比べて「構造がよりシンプルで、壊れにくいから好き」と言う人が多いようだ。反面、日本のリールほど、キメ細かくもなければ、精巧でもないと思われている。
 そういう受け止めについてどう思うか尋ねると、デビッドさんが「僕たちは、製品のうわべじゃなくて、シンプルさ、機能性、寿命を重視しているからね。だから、そう思われるんじゃないかな」と答えてくれた。
 この考えは、工場の全員が共有しているというスローガンに象徴的に表されている。シンプルにし、しっかり動くように(Make it simple, make it work)。複雑精巧にして機能を付け足しても、ちゃんと動いてくれなければ意味はない。
 日本の愛好者からはまた「ペンのリールって(日本のリールよりも)なんかいいんだよねえ」というような曖昧な感想も多い。私自身もそうなのだが、どうもその「なんか」を、必ずしも的確には言葉に出来ないようである。つまりペンには、言葉に表しにくい魅力が残されている気がするのだ。
 トニーさんとデビッドさんに尋ねてみた。ペンのリールを持つと感じる「なんか」って何なんでしょう?
 するとトニーさんが少し力を込めて言った。「きっと皆、ペンの方が、より強いって感じてるんだと思うよ」
 そうなのかもしれない。ペンのリールの強さは、数字や言葉としてカタログに表れるものではなく、ただ感じる種類のものなのかもしれない。
 もしあなたがペンを使って魚を釣り、「なんか、いいなあ」と思えたとしたら、その時あなたは「Make it simple, make it work」という哲学の結晶に触れているのだ。

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親切に工場の中を案内してくれたトニー・デューベックさんとデビッド・シャンクスさん
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