手結のとんどさん
ウクレレマンとは?
ウクレレを弾いてニューヨークの街を徘徊する細田雅大の別名。
2002年、ヤマモーの依頼を受け、雑誌「U.S. FrontLine」に掲載された連載「ウクレレマンが通る」は、同年夏のウクレレマン逮捕に伴い、全4回で終了した。
第1回 恥ずかしくて自分が出せないから、ウクレレを弾く
02年02月
●読者からの情報
「U.S. FrontLine」編集部に読者から次の情報が届いた。
「グランド・セントラル駅近辺で、ウクレレを弾きながら日本の歌謡曲を歌っている変な日本人をよく見かけます。何となく日本人離れした雰囲気もあるのですが、日本の歌謡曲を熱心に歌っている以上、やはり日本人ではないかと思います。彼をインタビューしてみてはどうでしょう」
ネタ不足で苦しむ編集部は、さっそくこの「ウクレレマン」を取材することに決定した様子。さっそく私に取材協力をもちかけてきた。
「細田さん、読者からこのような情報が送られてきたのですが」と、長髪を振り乱しつつ切り出したのは編集部の古株ヤマモー。私は、読者からの手紙にざっと目を通した。ヤマモーが笑いながら言った。
「ウクレレを弾くこの日本人って、細田さんのことですよね」
たしかに、私の知る限り、グランド・セントラル駅近辺でウクレレを弾いている人間などほかにはいないはずだ。私はウクレレにとりつかれており、原稿を書くためキーボードを叩いている時以外は、通勤中だろうが、会議中だろうが、絶対にウクレレを手放さないのだ。
「ぜひ細田さんをインタビューさせてください」ヤマモーが言った。インタビューされるのはやぶさかではなかった。ウクレレについては話したいこともあったのだ。しかし、私には条件があった。
「かまわないよ」私は言った。「でも、インタビューアーとして、君ではなく、K・S君を寄こすように」
K・S君とは、私の大のお気に入りで、去年の夏から働き出した女性アルバイトなのだ。取材される以上、誰だって気持ち良く取材されたいものだ。
●自分で自分をインタビュー
という次第で、K・S君が私をインタビューすることになり、その日を私は指折り数えて待つことになった。
「U.S. FrontLine」には、小さな会議室が一つあるのだが、インタビューはきっとそこで行われるはずだ。彼女がいろいろな質問をする。それにさわやかに答えていく私。きっと私の評価は上がるはずだ。
などと考えているところへ、ヤマモーが、長髪を振り乱しながら慌てた素振りで飛んできた。
「細田さん、すいません。K・Sさんには急きょレストランの追加取材をお願いすることになったのです。でも俺も忙しくて、インタビューアーがいません。自分で自分をインタビューして、原稿を書いといてもらえませんか」
何たるずさんな進行管理か!! 私はショックのあまりむっとしかけたが、K・S君がヤマモーについてきていて、「すいません細田さん」と可愛くつぶやいたので、とたんに機嫌は良くなった。そして、「じゃあしょうがないね!! 自分で自分をインタビューだ!!」と叫んだのだった。
Q:ウクレレを弾き始めたのはいつからですか?
ニューヨークに来る前に、ルイジアナ州のニューオーリンズで英語学校に通っていたことがあるんです。2年前のことです。ニューオーリンズはジャズ発祥の地で、音楽が盛んですよね。いろいろな音楽を聴いているうちに、私も何か弾きたくなったんです。でもギターは高かった。だけどウクレレは20ドルで買えたんですよ。
Q:ニューオーリンズでも四六時中弾きまくっていたんですか?
そうですね。だから一部の人からはすでに「ウクレレマン」と呼ばれていましたよ。
Q:なぜそんなに弾くんですか?
その質問に答えるのは簡単ではないですね。でも、まずはやはり弾くのが楽しいからです。というより、歌うのが楽しいから、かな。ウクレレは伴奏楽器だと思います。私にはあまり音楽的才能がないから、せいぜいコード(和音)をかき鳴らしてるだけなんですよ。でもコードが弾ければ伴奏としては十分ですからね。
Q:ところかまわず弾いていると、周りから変な目で見られませんか?
うーん。そんな人もいるかも知れませんね。でも、私のウクレレに合わせて身体を動かしてくれたり、微笑んでくれたり、中には私に話しかけてくる人もけっこういますよ。特にニューオーリンズではまだまだウクレレが珍しいようで、「何て可愛い楽器なの」「それはいったい何という楽器?」と話しかけてきた人がたくさんいて、会話が弾み、友だちになっちゃったことだってあります。
Q:一般的にニューヨーカーはクールだと言われますが、反応はどうですか?
ニューオーリンズとそれほど変わらないと思いますけどね。ここでもやっぱり、ウクレレを見て話しかけてくる人が大勢いますよ。例えば、ホームレスの人の前を通ったことがあるんです。眠っているのかと思ったら、いきなり私を呼び止めて、「おれはドラマーなんだ」って言うんです。それで、ウクレレに合わせて、膝とか腿とかを叩いてかっこいいリズムを刻むんですよ。あれは楽しかったな。それからテロの後、歩きながら弾いていると、「いい音楽だね。ニューヨーカーをどんどん励ましてよ」と言われたりしました。
Q:最後に、ニューヨークの日本人になにかメッセージを。
私ごときがメッセージを発するのはおこがましい限りですが、実は私は、すごい恥ずかしがり屋なんです。決してそう見えないかもしれないけれど。英語で表現すると、I am too shy to look shyなんです。だから私にとってのウクレレは、役者にとってのメーキャップ、プロレスラーにとってのマスクと一緒だと思うんです。恥ずかしくて自分が出せないから、ウクレレマンに変身して出しているわけです。ニューヨークに来て、「なんとなく自分の色が出せない」「なんとなく引っ込み思案」というような人には、ウクレレのような簡単な楽器を通勤中とかお昼休みに弾くことをお勧めしますね。いろいろな人種・職業の人と会話ができて、なにか世界が開けていくような感じがしますよ。あ、でもウクレレを弾くのはやめて、別の楽器にしてくださいね。ウクレレマンは、ニューヨークに一人で十分だと思うので。
第2回 マンハッタンで魚が釣れるって本当?
大都会の片隅からウクレレマンが実釣レポート!!
02年06月
意外なことにニューヨーク州は釣り場の宝庫らしい。マンハッタンから数時間の所に、有名な川がたくさんあるようだ。でも、そんな所へはなかなか行けない。なんつっても金も時間もないからね。もっと身近な場所で、手軽に釣りがしたいなぁ。
そう思っている人は、けっこう多いのでは? かく言う私もその1人。海や湖に囲まれた島根の田舎で生まれ育ったせいか、釣りが大好き。アメリカに出稼ぎに来る時も、わざわざ釣り具を日本から持ち込んだほどの筋金入りだ。休日にはマンハッタンを離れ、A列車の東南の終点近く、クイーンズ地区のロッカウェイに出かけて、よく釣りをしている。
釣りのガイドブックによると、高層ビルが立ち並ぶマンハッタンでも、探せば釣り場は見つかり、運が良ければストライプドバス(ストライパー)が釣れるという。
この大都会で働き始め、はや1年と5カ月。いろいろなことを経験してきた……。でも、まだ一度もマンハッタンで糸をたれたことはない……。それじゃ、ひとつやってみっかな !!
と勢い込んで出かけたのは、5月中旬の土曜日。場所はリバーサイド・パーク。ハドソンリバーに接して、72丁目からずっと北の方まで延びている公園だ。
A列車に乗り、ハーレムの目抜き通り125丁目で下車。西に向かって125丁目を10分ほど歩くと、ハドソンリバーの流れが目に入ってきた。無性にうれしい。釣り人の性で、目指す釣り場の水が見えただけでスイッチが入ってしまうのだ。
●意外に多い釣り人 でも下げ潮でダメ
125丁目の西端に到着すると、かすかな潮の香りが心地良い。かなりの数の釣り人がいる。エサ釣りをしているようだ。釣り針に魚の切り身か何かを付けて、大きなオモリでドップーンと放り投げ、後はほったらかし。ロッド(釣りザオ)の先端に鈴が付いていて、魚がエサに食らい付けば鈴が鳴る仕組みだ。
「今日は潮が引いてるよ(The tide is low)」と、釣り人の1人、黒人のあんちゃんが残念そうな表情で教えてくれた。
アメリカで釣りを趣味にしている人は少なくない。そして、ここにも人種ごとの傾向がある。海やハドソンリバーのような大河で、陸から釣りをするのは、ほとんど黒人かヒスパニック系。アジア系は、たまにいるかいないかだ。白人で「おかっぱり」(陸から釣ること)をしている人はほとんど見ない。彼らはボートに乗って釣りをすることが多いのだ。釣りに関しても、経済的そして文化的な棲み分けがあるようで、興味深い。
あんちゃんが言う通り、たしかに潮が引いている。上流から下流に潮が流れ、水面が1~2メートルは低い。ふだんは水面下にあるはずの岩が日の光を浴びている。水面には泡が多く、一般的に言って、釣りには良くない状況だ。
私が好きなのはルアー釣りだ。魚の切り身やミミズなどのエサは使わない。ルアーと呼ばれる疑似餌を、何度も繰り返し投げては巻いて魚を誘う。やっていると、そのうち無心の境地に陥る。釣りに集中したまま、何も考えられなくなる。身体も心もじんわり溶け出して、周囲と一体になる。「釣りたい」という殺気は消え去り、ふだんは聞こえない微細な音が聞こえてくる。そして……、
「バシッ!」
という水しぶきとともに、魚が水面のルアーに襲いかかる。その唐突な出現に、心臓がでんぐり返る。自分のものではない別の生命と、いきなり、つながってしまう。世界がひっくり返ったような興奮。釣りをしない人に、この感覚を伝えるのは難しい。でも、恥ずかしくて口もきけない意中の人が、突然目の前に現われた時の感じによく似ていると思う。
ルアーに魚が食いついても、その後のやり取りで逃げられてしまうことは少なくない。この点も似ている(涙)。
●釣りをしつつ南下 そのうち上げ潮に
125丁目での釣りはなかなかうまくいかない。潮が引いて水量が減っているため、足場から水面までが離れ過ぎていて、ロッドの短いルアー釣りには不向きなのだ。
河岸を南下して、もっと足場の低い所で釣ることにした。
125丁目から96丁目くらいまでは、河と河岸をさえぎるフェンスがなく、岩場をつたって簡単に河に近付ける。良さそうな場所を見つけたら、しっかりした岩の上に足場を築いて、しばらく釣る。反応がなければ、岩場を移動し、足場を見つけてルアーを投げる。そして、また移動。
これを繰り返しているうちに、いつしか潮の流れが逆転していた。それまで上流から下流へ流れていたのが、ゆっくりと止まり、続いて猛烈な勢いで下流から上流へ流れ始める。潮の影響を強く受けるこういう河を、タイダル・リバー(tidal river)と呼ぶ。いつ見ても不思議に感じられる自然の力だ。
潮が逆転し、海からきれいな水がどんどん流れ込んできた。水面の泡が消えていき、透明度が増していく。
水量が増えて良い感じになってきたので、やる気が復活してきた。そして88丁目あたりで、夕暮れ時を迎えることになった。釣りのベスト・タイムだ。
●釣れなくても楽しい
フェンスを乗り越えて岩場まで下りたものの、水量が増えているのでこれまでのようには移動できない。飛び石づたいにジャンプしながら、岩場の先端に良い場所を見つけてルアーを投げる。どんどん投げる。ただただ投げる。何があろうと投げ続ける。
夕陽はニュージャージー方面に沈んでいく。目の前にある太陽。ぽかぽかした夕暮れのキャスティング。気持ちがいい。
でも、何も釣れなかった。近くの釣り人(ヒスパニック系か)に、「何か釣れた?」と聞いてみた。
「いやあ何も。今日はダメだね。下の岩が見えてる」
おかっぱりをする釣り人には、共通点があるような気がする。彼らは、あまり大声でしゃべらない。挨拶をすると、ちょっとだけ、にっこり笑ってくれる。
最後に彼は、とっておきの秘密を教えてくれた。
「今度の月曜日に来なよ。絶対いいよ!」
第3回 優しくなったニューヨーカー
02年07月
皆さんは「テロ後に優しくなったニューヨーカー」という報道を目にしたことはありますか? 「街角で肩と肩がぶつかっても、以前ならお互いムスッとしていたのが、テロ後は優しく声をかけ合っている」というやつです。実は私も、同じような優しさを経験しています。例えば、テロから2カ月がたち、そろそろ肌寒くなり始めた昨年11月のこと。
♪♪♪
九番街を北に歩きながらウクレレを弾いていると、道ばたの黒人が「Yo! Brother!」と声をかけてきたのです。
「それはウクレレか?」と黒人。
「そうだよ」と私。
「ちょっと見せてくれるか?」
「かまわないよ」
男は幸せそうな顔でウクレレをいじり、「おれは38丁目の楽器屋で働いているんだ」と言います。そして私を、近くの雑貨屋に引っ張っていくのです。そこでは男の知り合いが数人、おしゃべりをしていました。
「お前ら!」と男は叫びました。「おれが言った通りだろ! 見ろよ。ウクレレだ。ウクレレっていう楽器なんだよ! お前らが言うようなミニギターじゃないんだ!」
そして男は、私に目配せするのです。こうなれば何か弾かないわけにはいきません。私は、お気に入りの曲を弾いて、拍手喝采を浴びたのでした。
♪♪♪
その翌日。ウクレレを弾きながら1日中マンハッタンを放浪し、そろそろ家に帰るためにグランド・セントラル駅の7番線に向かったときでした。バイオリンを弾いて小銭を稼いでいるラテンのおじさんが声をかけてきたのです。
「Hey My Friend! 一緒に演奏しよう」
「このウクレレとあなたのバイオリンはチューニングが違う。うまくいかないよ」
「大丈夫。いいからDを弾いてくれ」
根負けした私はDを弾きました。するとおじさんは、即座にバイオリンを調弦し、私の弾く音に合わせてしまうのです。
「Aを弾いてくれ」
私はAを弾きました。
「Gは?」
Gも弾きました。
「よし。適当にジャカジャカやってくれ」
私がDから順に弾き始めると、おじさんはウクレレに合わせて美しいメロディーを紡ぎ出しました。
初めてのバイオリニストとの合奏。初めてのラテン人との合奏でもあったのです。いつしくじるかヒヤヒヤしつつも、私は「アメリカに来て良かった」と心から思いました。
しかし、おじさんは「Dドミナントは?」と聞くのです。
Dドミナント? ドミナントって何? 支配的? 音楽用語?
私には弾けないことが分かると、おじさんは少し戸惑った悲しい表情を浮かべました。
轟音をあげて電車がやってきました。別れ際、私は叫びました。
「Next Time!」
おじさんも叫び返しました。
「Yes! Next Time!」
♪♪♪
時をさかのぼり、テロが起きてから数日後のこと。
突然多忙になった私は、ひと息つくため、ウクレレ片手にオフィスを出たのでした。たぶん私は落ち込んでいて、見た目にもそれは明らかだったのだと思います。私は、意外な人から励まされることになったのです。
外に出るためエレベーターに向かうと、ラテンのお姉さんが近づいてきたのでした。
このお姉さんは、ビルの管理会社から派遣されて、毎夕、オフィスの掃除をしにやって来ます。以前、日本語の簡単な挨拶を教えてあげたことはありますが、特に親しいわけではありませんでした。
しかし私は、お姉さんの言葉を聞いて、勇気づけられ、生き返り、笑い出したくなったのです。
スペイン語を話す人特有のイントネーションで、彼女は言ったのでした。
「今ニューヨークには、あなたのような人が必要だわ。それを弾いて、みんなを励ましてあげてね」

最終回 ストリートでチップ稼ぎ
02年09月
ウクレレマンがチップ稼ぎに初挑戦! 歌うのは「明日があるさ」「上を向いて歩こう」「チャコの海岸物語」の3曲のみ。日本の歌謡曲とウクレレマンは、NYで通用するのか? そして迎えた驚愕の結末とは!
14:30-15:00
●グランド・セントラル駅
やや緊張ぎみ。いつも外で演奏しているとはいえ、それは歩きながらだし、チップを稼ぐためではない。でも今日は「TIPS」と書いた紙コップを前に置いて、1つの場所でずっと演奏しなければならない。
歌うのは歌謡曲3曲。なめらかに指が動き、歌詞を忘れたりしないように、練習に練習を重ねてきた。ついにその成果を発揮する時が来たのだ。
日曜日なので人通りは多くない。でも「明日があるさ」を弾き始めてすぐ、白人男性がチップをくれた。「良い響きだね」とも言ってくれて、すごく嬉しい。
もう1人チップをくれて、30分間で1ドル25セント。
15:10-15:40
●51st.駅
ウクレレは音量が小さいので、場所探しが難しい。屋外だと音が拡散して遠くまで届かないし、地下鉄のプラットフォームまで降りてしまえば、列車の音にかき消されてしまう。音がよく響き、騒音が小さく、そして人通りのある場所でなければならない。
チップをくれた人に「サンキュー」と言うタイミングも難しい。紙コップにチップを入れてくれた時に言うべきだけれど、うまく歌詞を中断できない場合もある。無理に「サンキュー」と言うと、演奏をとちってしまう。それとも、そもそも「サンキュー」なんて言わなくていいのだろうか?
4人がチップをくれて、30分間で3ドル51セント。

16:10-16:30
●42st.(タイムズ・スクエア)駅
3曲にはそれぞれ選んだ理由がある。「明日があるさ」は大好きな曲だし(オリジナルの歌詞の方ね)、弾きやすい。「チャコの海岸物語」は、シャッフルという跳ねたリズムで弾くのに都合がいい。そして、コード進行の美しい「上を向いて歩こう」は、ゆっくり弾いても速く弾いても良い曲になる。
「上を向いて歩こう」を歌っていると、日本人らしき高齢の夫婦とその連れが、私を指差して微笑んでくれた。なんだか嬉しい。でも一般的に日本人の反応は冷たい。チラリとも見ずに通り過ぎていく。気持ちは分かるけれど、ムッとしてしまう。わざと大声で「明日があるさ! 明日がある!」と絶唱してしまった。
2人がチップをくれて、20分間で75セント。

17:30-17:40
●14st.(ユニオン・スクエア)駅
ドラムを叩くミュージシャンが2人も構内にいて、ウクレレの音はかすみっぱなし。早々と移動決定。
誰もチップをくれず、10分間で0セント。
17:50-18:01
●再びグランド・セントラル駅
いちばん音響の良かった最初の駅にUターン。でも前に演奏した場所には黒人のおじさんがいて、サックスソロを披露中。しかたがないので改札を出て、別の場所で演奏。
「僕のこと覚えてる? 25セントあげたよ!」
42st.駅でチップをくれた男の子に驚きの再会。「もちろん覚えてるよ! サンキュー!」
その直後、どこからともなく警官が現れた。
「許可証は?」と問う警官。「持ってない」と答えると、近くのブースに連れていかれた。私のIDを見て、警官はどこかに電話。警官の名札には「DACOSTA」とある。「ダコスタ警部補」か。いや「巡査部長」かもな。肩書きを確認しとかないと原稿に書けないな。などと考える意外に冷静な私。
「いい音を出していたが、許可証が必要なんだ。ところで、これまでに逮捕されたりはしてないね?」とダコスタさん。
「ノー」と答えねばならないのに、間違えて「イエス」と答えてしまう。
「あんのか!」と驚くダコスタさん。
「ないです。ないです」と慌てる私。
「これを持って裁判所へ行くこと」と言われ、「SUMMONS」と書かれた紙片を渡された。
「NYのストリート・ミュージックは有名ですよね。ウクレレでいくら稼げるのか知りたくて。でも許可証が必要だったとはなあ」と、とぼける私。
「NYの警官がよく切符を切るのも有名だ。心配しなくても牢屋に入れたりはしない。運が良ければ罰金もゼロだ。チップはポケットにしまっときなさい。もう行ってよろしい」
最後に私は「Do you like my music?」と聞いてしまった。
するとダコスタさんは、「Yes, I do」と言ってウィンク。
それなら見逃してほしいよなあ。

