手結のとんどさん
「隠れる場所が必要」
by アン・フッド
訳:細田雅大
ビートルズから隠れることは難しい。一世を風靡(ふうび)した時代は過ぎたにもかかわらず、いまだに彼らはニュースに登場する。オールディーズやクラシックロックが専門のラジオ局では、いつも彼らの曲がかかる。記念日も多い。初めてナンバー1ヒットを記録した日、初めて米国にやって来た日、メンバーの誕生日、そのほか、もろもろ。最近ではブロードウェイのショーにもなった。
でも私は、ビートルズから隠れないといけない。もしくは、逃げなきゃいけない。スーパーで買い物をしていた時、「Eight Days a Week」が流れてきたので、カートに食料品を残したまま、走り去ったことがある。「Hey Jude」の明るいインストが流れるエレベーターに足を踏み入れただけで、もうベッドの中に逃げ込みたくなってしまう。
もちろん、最初からこんなふうだったわけじゃない。昔は、ビートルズに関係したものなら何でも好きだった。子供の頃の私は、歌詞をすべて覚え、メンバー全員の誕生日を忘れず、彼らの悲しい人生物語についてだって知っていた。風船ガムのオマケのビートルズ・カードを集め、彼らの顔とギターがついたブレスレットを身に着けていた。
両A面シングルとして発売された「Penny Lane」と「Strawberry Fields Forever」のどちらが良い曲か、従姉妹のデビーと何日も議論したりした。アルバム「Sergeant Pepper」はよく理解できなかったけど、「The White Album」の素晴らしさにはびっくり仰天した。
従姉妹たちと一緒に、ビートルズの奥さんごっこもした。私たちは全員、ポールと結婚したかったけど、ジョンでも良かった。でも、誰もリンゴとは結婚したくなかった。ジョージなんて、リンゴよりも人気がなかった。
ポールを好きになるのは簡単過ぎた。クリクリした目。モップ型の髪。正統派の可愛らしさ。8歳の時、将来私はポールと結婚できるだろうかと、母に尋ねたことがある。
「そうねぇ」タバコの煙を胸一杯吸い込んでから、母は言った。「彼だっていつか誰かと結婚するわけだから、あなたかも知れないわね」
5年生の時に私は、「面白いことがないわ」「退屈しちゃった」とかばかり書いていた日記に、「たった今、ポールが結婚したってラジオが言った。そんな馬鹿な。神様、どうか嘘だと言って」と書いている。
でも、それは本当だった。私はとても長い間、泣いて過ごした。
もちろん高校に入る頃までには、私にも分別がついていた。ジョンこそ最高のビートルズだったのだ。皮肉っぽくて、面白くて、いわくありげなルックス。長くて細い鼻。丸形の眼鏡。その頃にはもう、私は誰の奥さんにもなりたいとは思っていなかった。でも、ジョンみたいな男の子と付き合いたかった。心の内を吐露し、トラブルに巻き込まれ、いけない言葉を叫び、詩を書くような男の子だ。
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結婚し、サムとグレイスを生んだ私は、夜、ビートルズを歌ってあげた。従姉妹のうちで一番年下だった私は、赤ん坊を抱いたことも、子守りをしたこともなかった。子守唄を何も知らなかったので「I Will」と「P.S. I Love You」を歌って、サムとグレイスを寝かしつけたのだ。でもサムはそのうち、ビートルズではなく、ブロードウェイのミュージカルが好きになってしまった。
グレイスは違った。彼女は、かつての私とまったく同じ情熱で、ビートルズを愛した。そして、奇妙なほど、ませていた。「男の人が立っていて、頭を抱えているのは、どの歌だったっけ?」と、顔をしかめながら私に訊くのだ。私は、アルバム「Help!」をひっぱり出し、「You've Got to Hide Your Love Away」をかけて、一緒に「♪Here I stand, head in hand」と歌った。
グレイスが迎えた4回目のクリスマス。サンタのプレゼントは、ビートルズ映画の全ビデオと、キャリアをまとめた写真集、そしてアルバム「The Beatles 1」のテープだった。長い間ずっと、大音量でかける「Eight Days a Week」が、私たちのテーマソングだった。この歌は、サムですら一緒になって歌い、これまでに書かれた最高の歌だと言っていたほどだ。
ビートルズファンである娘の何が最高だったかと言えば、まだ5歳にもならないのに、もうジョンに恋していたことだ。娘は、正統派ハンサムであるポールには引きつけられなかった。ジョンの鼻にかかった声や、暗い面が好きになってしまったのだ。
ビートルズの伝記映画「Backbeat」を観た娘は、いちばんのお気に入りはスチュだと言うようになった。でも彼は若いうちに病死していたので、ジョンに落ち着いたのだ。
グレイスは、ビートルズに他にもメンバーがいたことを信じようとしない男の子と議論したことだってある。
「ほかに2人いたんだってば」と彼女は、目をぎょろぎょろさせ、地団駄を踏みながら言った。「スチュアート・サトクリフとピート・ベストっていう人なのよ」
眠る前、ベッドの中で娘は、「ビートルズのお話をして」とせがんだ。ジョンのお母さんが死んだお話、リバプールでジョンとポールが出会いバンドを組んだお話、ポールが「Yesterday」を作曲した時、まだ歌詞ができていなくて、とりあえず「Scrambled Eggs」と歌っていたお話などなど。
サムを学校に送り届けた後、グレイスを幼稚園に連れていく車の中で、彼女は私にビートルズのテープをかけさせたものだ。そして、幼稚園に着くまで歌うのだ。「♪Scrambled Eggs, all my troubles seemed far away」と。
ジョージ・ハリソンが死んだ日のグレイスは、まるで、大事な友達が死んだかのようだった。目に涙をため、悲しげに歩き回り、とても信じられないというように首を振った。一日中ビートルズの曲だけをかけようとグレイスが言ったので、私たちはその通りにした。夜は、ジョージの追悼番組を一緒に観た。私は罪の意識に駆られ、誰もジョージとは結婚したくなかったのよ、と娘に告白した。
「なんでジョージがダメなの?」グレイスは驚いていた。「素晴らしい人なのに」
5カ月後、4月の美しい日の朝、サムを学校に送り届けた私とグレイスは、車の中で「I Want to Hold Your Hand」を歌った。車を降りる時に彼女は「テープを頭出ししておいてね。家に帰る時には『You've Got to Hide Your Love Away』を聴きたいから」と言った。そして、娘と一緒にビートルズを聴いたのは、その日が最後になった。
翌日、グレイスは熱を出し、悪性の連鎖状球菌のせいで死んでしまったのだ。集中治療室で寝かされていた時、看護師が「娘さんのお気に入りの音楽を持って来てください」と言った。夫が車に駆け戻り、テープデッキの「The Beatles 1」を引っつかんで戻ってきた。病室のテープデッキでそれをかけ、私たちはベッドの上の娘に「Love Me Do」を歌ってやった。たくさんの管や機械のおかげで何とか生きていた娘は、歌う私たちを見て微笑んだ。
葬式では、8歳になるサムが、鮮やかな赤の蝶ネクタイを着け、数百の人々の前に出て「Eight Days a Week」を歌った。グレイスがどこに旅立ったにせよ、必ず彼女の耳に届くだろう大きな声で。
その夜、私は、ビートルズの音楽をすべて集めた。ほこりっぽいレコード、車の中に散乱していたカセット、そしてステレオに入っていたCD。グレイスが持っていたビートルズ映画のビデオと一緒に、すべて箱に入れていった。少しもためらわなかった。
無造作にポンポンと箱に投げ入れた。「Revolver」の白黒カバーも、「Sergeant Pepper」の目の回りそうなカラー写真も、「Yellow Submarine」のマンガ・キャラも、1週間前までは私をあんなに幸せにしてくれていたのに、今では苦しくて、ちらりと見ることすらできなかった。
世の親と同様に私も、子供たちが愛するものを一緒になって愛してきた。ビートルズの場合、グレイスは私の愛情に気づくと、すぐに自分もビートルズを愛し始めた。今では、その愛情はひっくり返り、喜びをもたらすことはなく、ビートルズは私に取り憑いてしまったのだ。
「Yesterday」の出だしの和音を聴くことにも、「Michelle」のカバー曲を聴くことにも耐えられなかった。車の中ではトーク番組を聞くようになった。ビートルズの曲を耳にすると、動転し、また泣いてしまうからだ。
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ビートルズに関するあらゆる物、彼らの音楽、写真、そして彼らに関する会話から身を遠ざけようとした。それは不可能ではないけれど、難しい。例えば、ギターを練習中のサムに、「お願いだからビートルズの曲は演奏しないで」などと言えるだろうか?
60年代、ゼニス社のテレビが置いてあった伯母の家の居間に、お下げ髪の従姉妹たちが集まり、親たちの吸う煙草がもうもうとしている中で、ビートルズを聴いた。ポールに対する私の愛より強い愛なんて存在しないと思っていた。
今では時々、周りに誰もいないと、静かに口ずさんでいたりする。「♪And when at last I find you, your song will fill the air」と歌っているのだ。ジョンと同じ丸眼鏡の奥で青い目を輝かせ、リズムに合わせて足踏みをするグレイスを想像しながら。「♪Love you whenever we're together, love you when we're apart」私の一番好きなラブソングだったこの曲「I Will」は今、地下室にしまわれた「The White Album」の中で、静かに眠っている。
ジョンやジョージの魅力に気づかないまま、あんなにも簡単にポールに恋してしまうとは、なんて私は愚かだったのだろう。従姉妹たち、テレビ、そして音楽、自分の欲しい物はすべてあの伯母の部屋にあると信じていたとは、私はなんて愚かだったのだろう。
しかし、いちばん愚かだったのは、娘と一緒の時間はいつまでも続くと信じていたことだ。
でも、もしかしたら、それこそが愛なのだ。
つまり、何かを信じ切ることが。不可能はないと思うことが。ロードアイランド州の片田舎の女の子が、いつかポール・マッカートニーと結婚できると信じることが。
そして、深い悲しみに沈む女が、母の愛はとても強いのだから、死んだ子供の耳にも子守唄は届くに違いないと信じることが。