字幕翻訳コンテスト
君ならこれをどう訳す?
"Stop Requested"
映画『Mr.ノーバディ』
(2021年/原題:Nobody)
出題者/細田雅大
映画のあらすじ
ハッチ・マンセルは、物腰の柔らかい、地味な見た目の中年男。郊外に一軒家を持ち、妻、息子、そして娘と一緒に、平和な暮らしを営んでいる。
そんな彼の家に、ある夜、二人組みの強盗が侵入する。ハッチは撃退のチャンスをうかがうものの、土壇場になって、なぜか二人組みへの反撃を断念する。そのため息子が殴打され、少額の金品が奪われることとなるが、ハッチはあまり気にしていない様子。
しかし後日、愛娘が大事にしていた「猫のブレスレット」が見当たらないことが判明すると、ハッチの態度は一変。何かを思い詰めた厳しい表情を浮かべ、夜の街へと潜り込んでいく......。
物静かで目立たず、何者でもない(nobody)はずの中年男、ハッチの真の姿とは?
問題のシーン
バスに乗って夜の街を行くハッチ。
そのバスに、チンピラたちが乗り込んできて、さっそく乗客の女の子にからみ出す。
そんなチンピラたちに立ち向かい、大見得を切るハッチ。
壮絶な闘いの火蓋が切って落とされる。
すると意外や意外、地味な見た目に油断させられたか、ハッチの手によって次々と半殺しの目に遭っていくチンピラたち。
そのうちの一人は、車内を窓枠沿いに走る黄色いロープで首を絞められ、窒息寸前だ......。
さて、そもそもこの黄色いロープは、乗客が「次のバス停で降ります」という意思を表示するためのものである。ロープを引っ張ると、車内のサイン「Stop Requested」が点滅する仕組み。それは「停車がリクエストされました」という意味である。だからつまり「次のバス停で止まります」ということなのだ。
そのロープを使って、チンピラの首を絞め上げるハッチ。
すると「Stop Requested」が点滅して、スクリーンに大写しとなる。
英語話者である観客ならば、ここで笑うはず。
なぜなら今、この「Stop Requested」には、別の意味が生じているからだ。
「停止がリクエストされました」つまり「首を絞めるのをやめてくれと(チンピラが)頼んでいます」という別の意味が生じているのだ。
字幕ではどう訳されているか
『Mr.ノーバディ』は、動画配信サービスのU-NEXTなどで鑑賞可能だ。
その字幕版では、この「Stop Requested」が「"止まります" 」と訳されている(ちなみに吹替版では「 "とまります"」という字幕が付く)。
しかし、この訳では不十分である。
これでは「停車がリクエストされました」という元の意味しか表わしておらず、もう一方の「停止がリクエストされました」つまり「首を絞めるのをやめてくれと(チンピラが)頼んでいます」という意味は伝わらない。
そのため、字幕を読む日本人視聴者にとっては、面白くも何ともないシーンになっているのではないか?
この「Stop Requested」は、観る者に笑いをもたらすべきである。凄絶な暴力描写に意図的に挟み込まれているのだから、なおさらだ。
そこで問題です
果たして私たち日本語話者は、この「Stop Requested」を、「停車がリクエストされました」という本来の意味だけでなく、「首を絞めるのをやめてくれと(チンピラが)頼んでいます」という別の意味も併せ持つ日本語に訳すことが、できるのだろうか?
お時間があれば、あなたも訳を考えてみませんか?
そして、もしも良い訳を思いついたら masahiro.hosoda@gmail.com までお送りください。
締め切りは2025年4月30日です。
優れた訳は、このウェブサイトで報告して、表彰したいと思います。
ちなみに、出題者である私もまだ「これだ!」という訳を見出せていません。
なお、問題のバス格闘シーンは、YouTubeでも視聴可能です。
アップされているのは、字幕版ではなく吹替版ですが、なぜかここでは「Stop Requested」に字幕が付いていません。そのため、「Stop Requested」の点滅が、単なる車内風景の一部となってしまっています。
よく出来た痛快な格闘シーンだと思いますが、暴力描写が苦手な方やお子様にはお勧めできません。
ただ、訳について考える上で、必ずしも視聴することは必要ではありません。
なので、あなたも、ちょっと考えてみませんか?
楽しいですよ。
細田雅大(ほそだまさひろ)
1966年、島根県松江市生まれ。まず東京、次に米国ニューヨークで雑誌編集や翻訳に携わり、海外生活を2014年に切り上げてからは松江市で英語の翻訳及び通訳に従事。釣り人としてブログ「アメリカのソルトルアーで日本の魚は釣れるの?」を継続中。映画『Vフォー・ヴェンデッタ』の誤訳についても書いてます。ラッパー「MC Ganta」としても活動。
↓
↓
↓
↓
優秀作は下で発表しています
スクロールしてくださいね
↓
↓
↓
↓
↓
↓
僭越(せんえつ)ながら、まずは審査委員長の選評をご覧ください
↓
↓
↓
↓
↓
↓
選評
応募作には、大きく分けて、2つの傾向がありました。
1つ目は、「止」という字には2つの読み方がある、という点に着目したものでした。
「止めて」は「とめて」とも「やめて」とも読むことができます。
したがって、「バスをとめて」と「首を絞めるのをやめて」という2つの意味を同時に持たせることが可能となるのです。
このアイデアに基づく応募作としては、「止めて!」だとか「止めてください」あるいは「頼むから止めてくれ」というようなものがありました。
2つ目は、バスが「止まる」のと同じように、呼吸もまた「止まる」可能性のあるものだ、という点に着目した応募作でした。
「つぎ止まります」という案内表示は、通常であれば、「このバスは、つぎのバス停で、止まります」という意味しか持ちません。
しかし今回の状況においては、「つぎ、チンピラの呼吸が、止まります」という意味にもなり得るわけです。
このアイデアに基づいた応募作としては、「次、(息が)停まります」だとか「つぎ止まります(息が)」などがありました。
また「つぎ」と「息」の語呂が合うのを活かした「いき止まります」という応募作もありました。
さて、「Mr.ノーバディ」のバス格闘シーンでは、「Stop Requested」という表示がスクリーンに大写しになった時、笑いが起きないといけません。
この点を考慮した時、2つ目の傾向の応募作の方が、若干、優れているように思われました。
その中でも、とりわけ大きな笑いをもたらしそうに思われたのが、優秀作に決定したナマジさんの翻訳でした。
2025年5月1日 細田雅大
↓
↓
優秀作は、下のアニメ動画でご覧いただけます
画面内右下に出る音量ボタンをクリックすれば、乱闘シーンの音声が流れます
音声を聴きながら見ると、おかしさが増しますよ
↓
↓
