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『Vフォー・ヴェンデッタ』の誤訳 Neverについて
​細田雅大 2023年2月

 2005年に公開された映画『Vフォー・ヴェンデッタ』(原題:V for Vendetta)は、私にとって特別な作品です。

 原作である同名コミックの発表は1980年代なのですが、映画が表現している世界は、2001年の中枢同時テロ後、私が米国において体験、あるいはメディアを通して見聞していた状況と、シンクロしているかのようだったからです。

 

 公開時、米国に居住していたせいもあって、私はこの映画をいつも、日本語の字幕なしで観てきました。

 しかし先日、アマゾン・プライムの「見放題対象」に含まれていることが分かり、公開から20年近くを経て初めて、字幕付きで鑑賞したのです。

 字幕があるおかげで、より味わい深く鑑賞できたシーンもありました。

 一方で、字幕に誤りがあるせいで、この作品が表す大事な考えが損なわれてしまっているように思えるシーンもありました。

 この誤訳はオンラインで既に指摘されています。ですので、私が今さら指摘する必要はありません。また、そもそも翻訳に誤訳はつきものであり、目くじら立ててそれを指摘することが、必ずしも建設的なわけでもありません。

 ただ、私が具体的に顔を知っている皆さんが、これから、この素晴らしい映画をご覧になられるかもしれないと思うと、やはりどうしても指摘しておきたくなりました。

 なぜなら、この誤訳は、映画の主人公「V」がどういう人間であるのか正しく理解する上で、ほとんど致命的なもののように私には思えるからです(ちなみに吹替版にも同じ誤訳があります)。

 「V」は、かつて自分をひどい目に遭わせた各界の要人たちを一人ひとり殺害し、復讐(ヴェンデッタ)を果たしていきます。その過程で、複雑な過去をもつ一人の女性、イヴィーと関わることになり、彼女の人生を変えていくとともに、「V」自身もまた、イヴィーによって変えられていきます。

 誤訳は、一人の要人の寝室に忍び込んだ「V」が、その要人に毒薬を注射した後、穏やかに交わす会話において現れます。

 まず英語では、どういう台詞になっているのか紹介します。

 

要人「You're going to kill me now?」
V 「I killed you 10 minutes ago while you slept」
要人「Is there any pain?」
V 「No」
要人「Thank you... Is it meaningless to apologize?」
V 「Never」
要人「I'm so sorry」

 

 この会話がアマゾン・プライムの字幕では、以下のように訳されています。

 

要人「今すぐ殺す?」
V 「10分前に殺した。眠ってる時に」
要人「痛みはある?」
V 「ない」
要人「ありがとう...。今さら謝るのは無意味?」
V 「そうだ」
要人「ごめんなさい」

 

 この字幕を読む限り、「V」は、今さら謝ってもらっても何の意味もないと考えていることになります。

 しかし実際には、「V」はまったく逆のことを言っているのです。

 「V」が最後に口にする「Never」は、その直前に要人が語った台詞に対応しています。この「Never」は「It is NEVER meaningless to apologize」という意味の「Never」なのです。

 したがって、正しい訳は以下の通りとなります。

 

要人「今すぐ殺す?」
V 「10分前に殺した。眠ってる時に」
要人「痛みはある?」
V 「ない」
要人「ありがとう...。今さら謝るのは無意味?」
V 「無意味なはずがない」
要人「ごめんなさい」

 たとえ今さらであっても、たとえどれだけ遅くなったとしても、人が心から謝罪することが無意味であるはずがない。

 復讐の鬼である「V」が、にもかかわらず魅力的なのは、そのように考える人であるからだと思うのです。

 

 また、そのように考える人であるからこそ、イヴィーとの触れ合いを通して、変わることができたのだと思うのです。

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