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ドミニカ共和国の硬貨がなぜここに?

02年09月15日

 先日、デリ(小規模食料品店)で買い物をした時のことです。レジで小銭を渡すと、「この硬貨は使えない」と言われたのでした。いったい何のことかと思い、戸惑っていると、「これはカナダのお金だからダメだよ」ということです。財布の中にカナダの硬貨が紛れ込んでいて、それと気づかずに店員に渡してしまったのです。

 そして数日後、コインランドリーで洗濯をするために、25セント硬貨を集めていた時のことでした(コインランドリーで使えるのは25セント硬貨だけなので、週末には十分な数を用意しておく必要があるのです)。集めた25セント硬貨の中に、1枚だけ、わずかに厚さが異なるものがあるのです。よく見てみるとそれは、ドミニカ共和国の25センターボ硬貨でした。

 私はカナダにもドミニカ共和国にも行ったことがありません。つまり、カナダの硬貨もドミニカ共和国の硬貨も、ニューヨークの経済圏を流通し、めぐりめぐって私の財布の中にやってきたのです。移民国家アメリカは、「人種の坩堝(るつぼ)」とか「人種のサラダボウル」と表現されますが、人間だけでなく、それが硬貨にまで及んでいるわけです。

 デリで拒否されたカナダの硬貨は、いつの間にか財布から姿を消してしまいました。私がどこかでうっかり使い、誰かがうっかり受け取って、またアメリカ経済を流通する旅に出たのです。

 25センターボ硬貨は今、私の机の上にあります。「これをどうしたら良いだろう」と思案中です。記念に取っておくのも大げさな気がします。何と言っても、単なる硬貨なのですから。買い物で使ってみるという手もあります。しかし、それと知りつつ他国の貨幣を使うのは、偽金作りにも匹敵する違法行為だったような気がしてきました。

 だとすれば、警察に届け出るべきなのでしょうか。でも、「ドミニカ共和国のお金が財布に入っているんです」などと通報したりすれば、「この男はあやしい」と疑われ、取り調べられてしまうような気がします。それは大いに困ります。いったいこの硬貨を、どう扱ったら良いのでしょう?(細田雅大)

ニューヨークの座頭市

02年10月22日

 私のアパートでは、契約もしていないのに、いろいろなケーブルテレビ局を観ることができます。どうやら、前の住人の契約が切られていないようなのです。私が好きなのはIFC(The Independent Film Channel)というケーブル局で、いわゆるハリウッド映画はほとんど放映せず、地味だけれど質の高い秀作をCMなしで放映しています。

 IFCの土曜日のプログラムに「SAMURAI SATURDAY」というのがあります。ここで、60年代に製作された映画「座頭市」シリーズが放映されています。吹き替えではなく、英語の字幕が付いています。私は、勝新太郎演じる座頭市のことを知ってはいたのですが、一度も作品を観たことはありませんでした。

 この「座頭市」があまりに面白いため、土曜日はテレビの前を離れられなくなってしまいました。盲目の按摩(あんま。マッサージ師のこと)にして凄腕の人斬りである座頭市がとにかく魅力的なのです。時にユーモラスに、しかし人斬りの悲しみは常に漂わせながら、悪人を斬っていく座頭市。脚本はよく練られ、やや暗めの映像もとても奇麗です。

 父や母が「座頭市は面白かった」と語っていましたが、私が物心ついてから、日本のテレビで昔の「座頭市」映画を観た記憶はありません。IFCの「座頭市」を観て、「もしかすると、放映したくても放映できなかったのかも知れない」と思いました。

 「めくら」という言葉が頻出するのです。「見ての通りのめくらでございます。どうか許してやってください」「いいから、こっちに来い!」「めくらですから、暗がりに行けば、旦那の方が不利になりますよ」「へっ。めくらに何がわかる!」という具合です。

 ある作品では、劇中に歌が挿入されていました。その間奏部分に勝新太郎のユーモラスな語りが入りました。「斬っちゃいけない人を斬った日にゃ、目の前が真っ暗になっちまう………。ははは、目の前は、最初から真っ暗だよ」

 「盲目」を意味するこの言葉は差別語とされていて、私が仕事で使っている「記者ハンドブック 新聞用字用語集」(共同通信社)では、「『めくら』の付く語は使わず、他の表現を工夫する」となっています。

 日本のテレビでは観ることのできなかった「座頭市」をニューヨークで観るというのも、なかなか変わった体験です。(細田雅大)

ニューヨークには公衆便所がない

03年01月27日

 日本の都市とニューヨークの大きな違いの一つは、公衆便所の数だと思います。例えば日本の地下鉄駅には必ず公衆便所があります。しかしニューヨークには、公衆便所のある駅はほとんどありません。朝、最寄り駅のすみっこの暗がりに、こんもりと鎮座している人糞を目撃したことが2回あります。横には丸まったチリ紙がありました。家まで我慢できなかった人がいるのです。

 公衆便所は犯罪の巣窟になりやすいので、ニューヨークに少ないのは理解できます。しかし胃腸が弱い人間にとっては大変です。かくいう私もかなり弱く、お腹がすぐ痛くなります。先日も、ある麗しい女性と食事を楽しみ、マンハッタンの韓国料理屋を出た時に便意に襲われました。マクドナルドなどが開いていれば、飛び込むことができます。しかし夜はすでにふけ、ファスト・フード店は閉まっていました。私はおしゃべりを続けながら、歯を食いしばりました。

 女性を何とか駅まで送り届けると、オフィスに向かって走り出しました。いちばん近いのはオフィスの便所でした。必死でした。でも間に合いませんでした。場所は5番街の隣、マディソン街の37丁目。深夜3時頃です。回りに誰もいないのが幸いでした。教会のような建物の前です。とうとう私もやってしまいました。(細田雅大)

リズミカルな反戦スローガン

03年02月18日

 土曜日、マンハッタンで行われた大規模な反戦デモに参加しました。とても寒い日でしたが、参加者が密集して「おしくら饅頭」状態のところに入り込むと、寒気がさえぎられ、暖かく感じました。

 この日もいろいろなシュプレヒ・コールが叫ばれました。例えば、誰かがまず「What do we want?」と問い、それに答える形で「Peace!」と叫ぶものがあります。

 「What do we want?」「Peace!」
 「When do we want it?」「Now!」

 問いかけに皆で一斉に答えるというタイプには、「Whose street?」「Our street!」というものもありました。これは時々、「Our street!」「Let us through!」と変化しました。

 私がいちばん気に入ったのは次のコールです。

 「Bush! Osama! You got a same mama!」

 韻が踏まれていてリズミカルです。リズムをお伝えできないのが残念ですが、デモ終了後も時々口ずさんでいます。(細田雅大)

ATMでおねだり

03年03月06日

 ニューヨークではよく物乞いに遭遇します。私がいちばん苦手なのは、銀行のATMコーナーの中で待っていて、私が入ろうとすると、笑顔とともにドアを開けてくれる物乞いです。

 開けてくれるよう頼んだわけではないとはいえ、自分の代わりに力仕事をしてくれたのですから、やはりお礼を言うのが礼儀です。無視して通り過ぎたりできないので、私は「サンキュー」と言います。

 しかし彼らが望んでいるのは、お礼の言葉ではなくお金なのです。「お礼を言うだけでは、まるで労働者をタダ働きさせている資本家のようではないか」と私は感じ、罪の意識にとらわれ、財布から小銭を出そうとします。

 「労働への報酬として、どれくらいあげればいいのだろう」と私は思います。50セント? 1ドル? そしてまた考え直すのです。「でも、ただドアを開けてくれただけだ。こっちが頼んだわけでもない。なぜ金を払わないといけないのか? それに、ほかの物乞いの皆さんは寒い外でがんばっているのに、君はこんな暖かいところでぬくぬくとしているじゃないかね!」

 いったん出した財布をしまう私を、物乞いは悲しげな目で見つめます。とても弱々しいまなざしです。すると私はまた罪の意識にとらわれ……。

 といったことを繰り返すのが嫌なので、物乞いがいるATMコーナーは最近避けています。(細田雅大)

ブッシュの息子

03年03月18日

 連邦議会下院食堂の「フレンチ・トースト」と「フレンチ・フライ」が、「フリーダム・トースト」と「フリーダム・フライ」に改称されたという話は、ほとんど笑い話として報道されたのではないかと思います。あまりにも馬鹿馬鹿しいので、私は本欄で取り上げる気力が湧かなかったのでした。

 「多くの議員が持つ同盟国フランスへの不快感の表明」とのことですが、メニューの名前を変えないと不快感が表明できないような貧弱な言語能力しかない人間は、そもそも政治家を辞めるべきでしょう。

 「フリーダム・フライ」は嫌いですが、私は本来、子供じみた地口(じぐち)や洒落は好きです。昨年来のお気に入りは、「Son of a Bush」です。パブリック・エネミーというラップグループの最新アルバム「Revolverlution」に収録されている曲のタイトルです。もちろん、英語の代表的な侮蔑表現をもじっているわけです。ここ数日の言動を見ると、やはりブッシュ大統領はSon of a Bushですね。(細田雅大)

戦争に反対する元軍人

03年03月24日

 土曜日に行われたマンハッタンの反戦デモ行進には、12万5千人以上が参加したそうです。デモ終了間際に一部で警官隊との衝突があり、逮捕者や負傷者が出ましたが、全体的にはとても平和的でした。いわゆる「お祭り気分」のような雰囲気もありました。重苦しいデモになるのではないかと考えていた私は少し戸惑いましたが、ああいう場で祝祭的な気分になるのが悪いことだとは思いません。

 大きな星条旗をかかげて沿道に立ち、目の前を通過していくデモ参加者に向けて、イラク攻撃への支持をアピールしていた「反・反戦派」の親子がいました。シカゴでは、500人が反戦デモを行ったところ3000人の「反・反戦派」が現れたそうですが、マンハッタンでは「反・反戦派」は少数です。衝突を警戒し両脇に警官が控えていたとはいえ、反戦派が大多数を占める場に現れて堂々としている親子の姿には迫力がありました。

 しばらくこの親子の様子を観察しているうち、反戦派の若い男性との間で口論が始まりました。声を荒げているのは反戦派の方です。感情がたかぶった反戦派の男性はとうとう、中指を立てて突き付けるあの侮辱的な行為をしてしまいました。「反・反戦派」の親子は、それでも決してムキになりません。私は重苦しい気分になりました。

 また沿道には、「Army Veteran Against War」と書かれたボードを持ち、静かにたたずむ初老の男性の姿もありました。先ほどの親子のように、「反・反戦派」が沿道に立ち、デモ参加者にメッセージを伝えるという図式は理解しやすいものです。しかし、ぽつんと沿道に立つこの元軍人は、反戦派です。彼は、直接デモに参加するのではなくて、デモ行進の参加者に対して「私は戦争に反対する退役軍人です」と伝えようとしていました。悲し気な彼の表情が、なぜか印象に残っています。(細田雅大)

静かにたたずむ元軍人。「私は戦争に反対する退役軍人です」

悪いブッシュ(大統領)と良いブッシュ(もじゃもじゃした毛)。ちょっとエッチですけど 、素敵ですね

血まみれの手で地球を大事そうに抱え、「Mine」「Mine」(俺のもの俺のもの)とつぶやきながら練り歩いていたブッシュ大統領

ユダヤ人とウクレレ

03年06月26日

 ウクレレを弾くのが私の趣味の1つです。オフィスを出て昼食を取りにいく時も、だいたいウクレレと一緒です。五番街やマディソン街を、最近でしたら「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」など弾きながら、歩いています。

 そうすると、いろいろな人に声をかけられます。私が屋外でウクレレを弾くのは、演奏が楽しいからだけではなく、見ず知らずの人に話しかけられるのが面白いからでもあります。最近では、「私は破産したユダヤ人。とても空腹です」という看板を立てて、42丁目の歩道に座り込んでいる物乞いに声をかけられたのが印象的でした。

 「お前に2ドルやる」とその物乞いは言いました。「2ドルやるから、俺の横に立って10分間演奏してくれ」

 彼の意図が理解できなかった私は、臆病風に吹かれてしまいました。「悪いね。また今度」と言って、その場を去ったのです。しかし、歩きながら状況を考え直しているうちに、好奇心がどんどん強くなり、何か面白い経験になりそうな気がしてきました。「ウクレレ演奏をダシにして小銭を稼ごうとしているんだな」と、物乞いの意図にも思い当たりました。私はUターンし、来た道を引き返しました。

 「やあ。戻ってきたよ」と言うと、物乞いはちょっと怪訝(けげん)そうな表情になりました。横に並んだ私は、「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」のほか、「22才の別れ」「なごり雪」「明日があるさ」など得意な曲を披露しました。演奏のためかどうか分かりませんが、何人かの通行人が物乞いの紙コップに小銭を入れていきます。一曲終わるたびに物乞いは、「ビューティフル」とか「お前は良い声をしている」と言います。

 結局、2ドルはもらいそびれましたが、とても楽しい経験になりました。

 それから数週間後、今度は五番街でこの物乞いと出会いました。ところが、声をかけて肩を叩いても、彼はポカンとしたままなのです。その時はウクレレを持っていなかった私が、楽器を弾く仕草をすると、やっと気づいてくれました。

 「おお。お前か。どうだ調子は?」と物乞い。

 「まあまあだよ。あんたは?」と私。

 「まあまあだ。あの時は楽しかったな」

 「楽しかったね」

 そして私は、またもや演奏を依頼されてしまいました。44丁目だか45丁目だかにユダヤ人の集会所があって、最近はそこに座り込んでいると言うのです。今度はそこで演奏してほしいようです。

 「お前がいれば人目を引くし、それに俺たちはまるで映画のワン・シーンみたいだからね」と物乞いは楽し気です。私はまだそこへ行っていませんが、そのうち様子を見てこようかと思っています。(細田雅大)

大停電が起きた!

03年08月18日

 コンピュータ画面を見ている時、何の前触れもなく電源が落ちました。最初に思ったのは「テロだろうか?」ということでした。窓から外を見てみました。もし爆発か何かが起きているのであれば、通行人の様子に異変が見られるはず、と考えたのです。

 通行人は普通に歩いていました。しかし、向かいのマクドナルドやデリ(小規模食料品店)が薄暗くなっています。私たちのオフィスが入居しているビルだけではなく、付近一帯が暗くなっていました。同僚とともにカメラを持って外に出てみると、すでにたくさんの人が屋外に出ていました。

 グランド・セントラル駅に行ってみました。真っ暗な地下鉄ホームから脱出した人々が、改札口を通って外へ向かっています。ギターや打楽器を演奏しながら「暗闇を讃えよ」と楽し気に歌う一団も含まれていました。即興で暗闇を讃え始めた宗教関係者でしょうか。それとも、地下鉄で歌うミュージシャンが音頭を取り、一般利用客も参加して盛り上がったのでしょうか。いずれにせよこれが、停電後に目撃した最初のお祭り騒ぎでした。

 私たちはダウンタウンに向かって徒歩で南下していきました。中枢同時テロを思い出さざるを得ません。あの時も同じように歩いたのです。「テロっぽいなあ」と同僚に言ったりしながら、どんどん南下していきました。でも、時々写真を撮る以外、何もすることがありません。14丁目のユニオン・スクエアまで行ってから、少し引き返し、同僚の知人宅で休むことにしました。

 ひと休みしてから、ロウソクの光に照らされて夕食を取り、また外へ出ました。まずは和食レストランへ向かいました。「ネタが駄目になるから、破格値で寿司を出しているに違いない」と考えたのです。しかしどの店も閉店しているか、もしくは食べ物を既に出し尽くしていました。しょうがないので、営業しているバーを見つけてビールを飲み、ほかの客に「これはテロだと思うか?」と議論を吹っかけたりしました。

 2回目のお祭り騒ぎを目撃したのは、午前12時過ぎ、トンプキンズ・スクエア公園でのことでした。たき火の回りでドラムが叩かれ、汗みずくの男女が半裸で踊り狂っています。しゃれたスーツを着て、中折帽子をかぶった白人男性がその中にいました。汗でスーツがびしょびしょですが、気にせず踊っています。「Burn your hat!(お前の帽子を燃やせ)」という連呼が始まりました。男は、帽子をたき火にくべるポーズを取って皆をじらしますが、実際には燃やしません。

 別の男が、どこから取ってきたのか、針金で連結された木材の束を持ってきました。男が誇らし気に木材をくべると、火勢が強まり、たき火を囲む人々の輪が広がりました。たき火を飛び越えて向こう側へ着地するという遊びが始まりました。「服に引火したら危ないな」とは思いませんでした。皆が酔っていました。私もそうだったのです。くたくたに疲れていましたが、浮き浮きした気分は、電力が復旧するまで続きました。(細田雅大)

大停電が終わった! 行けフレディ!

03年08月19日

 停電が起きた日、同僚と行動を共にした私は、トンプキンズ・スクエア公園でお祭り騒ぎを目撃した後、ダウンタウンにある彼の知人宅に泊まりました。

 翌8月15日は、まだ地下鉄が動いていないこともあり、ブルックリンの自宅に帰る気にはならず、取材をかねてマンハッタンをぶらぶらしました。前日、シャワーが使えなかったので、すぐ足が臭くなりました。六番街にある噴水に足を浸けていると、どこからともなく係員が現れ、注意されてしまいました。しばらくすると可愛い女の子がやって来て、同じように噴水に足を浸けました。しかし、いつまでたっても係員が現れないのはなぜでしょう。

 セントラル・パークに行ってみました。何か面白いことでも起きていないかと期待しましたが、すでに電力は復旧し始めており、特に変わったところはありません。芝生で昼寝をしてから、ミッドタウンのオフィスに戻りました。午前中はまだ電気が来ておらず中に入れませんでしたが、停電発生から24時間以上たった午後遅く、やっと入室できました。

 オフィスでしばらく仕事をしましたが、地下鉄はなかなか動き出しません。誰もいないオフィスで映画「Masked and Anonymous」のサントラを大音量でかけ、ウクレレを弾いて歌いました(ちなみに、サントラの1曲目は、真心ブラザーズのディラン・カバー曲)。

 地下鉄はまだまだ動きそうにないので、オフィスに泊まることにしました。やることがないので仕事でもしようかと思っていると、「Freddy VS. Jason」の公開開始が今日だったことを思い出し、深夜12時、タイムズ・スクエアの映画館まで足を運びました。「ガラガラだろう」と思っていましたが、なぜか満員。地下鉄が止まっているのに、みんなどうやってここまで来て、どうやって家に帰るのでしょう。

 「ホラーなんか見たら、オフィスで1人で眠れなくなるのではないか」と気づいたのは、すでにチケットを買い、席に着いた後でした。

 観客の大多数を占める黒人の若者たちは、映画が始まる前から例によって大騒ぎ。それに応えるかのようにジェイソンは美男美女を殺しまくり、そしてなぜかフレディは笑わせまくります。大満足で映画館を出たのは午前2時30分。オフィスの暗がりに独りぼっちで寝ましたが、怖くありませんでした。停電後の週末、「Freddy VS. Jason」は3642万ドル(約43億6000万円)も稼ぎ、なんと興行収入の首位に躍り出ました。大停電に伴うお祭り騒ぎのしめくくりとして、あれ以上ふさわしい映画はなかったかもしれません。(細田雅大)

シティバンクの手紙に大笑い

03年09月08日

 私はシティバンクという銀行に口座をもっています。口座を開いたのは、ニューヨークで働き始めた2001年初めのことですから、もう2年と半年ほどになります。そして先日、シティバンクから封書が届いたのでした。

 封書には「Citi Platinum Select MasterCard」への加入申込書が同封されていました。私宛ての手紙もあり、そこには英語でこんなことが書かれていました。

 -親愛なる細田雅大さん

 -もし今回のご提案に値する人がいるとしたら、それはあなたです。貴重な私どものお客さまとして、あなたは「Citi Platinum Select MasterCard」を取得することが可能です。年会費は必要ありません。私たちの感謝の気持ちを示すため、来年の3月まではbalance transfer feeもいただきません。(以下略)

 私は、balance transfer feeというのが何なのかよく分かりませんでした。でも、シティバンクが私に感謝していることは分かりました。

 長くアメリカで暮らす同僚に「いったいこの手紙は何なのか?」と聞いてみると、クレジットカードの勧誘であることが分かりました。私は日本のクレジットカードなら持っていますが、アメリカのものは持っていません。口座を開いた時にシティバンクからもらい、ATMで金を引き出す時に使っているカードを見せると、同僚は「それは(クレジットカードではなく)銀行のカードだ!」と言って笑うのでした。

 せっかくシティバンクも感謝しているようですし、「じゃあここらでクレジットカードの一つでも持つかな」と考えた私は、加入申込書に必要事項を書いて送りました。私のアパートには電話がありませんから、「自宅の電話番号」欄にはオフィスの電話番号を記入しました。「自宅の電話番号くらいごまかしても、大したことではないだろう」と考えたのです。

 数週間後、シティバンクから封書が届きました。クレジットカードが同封されているかと思い、手で探ってみましたが、そんな堅い物は入っていません。中には1枚の手紙が入っていました。

 -親愛なる細田雅大さん

 -「Citi Platinum Select MasterCard」に申し込みいただき、ありがとうございます。以下の理由により、あなたの申し込みを受理できないことを私たちは残念に思います。

 私はてっきり、「自宅の電話番号」欄にインチキを書いたことがばれ、それが理由で受理されなかったのだと思いました。しかし、そうではなかったのです。受理できない理由として、次のようなことが書かれていました。

 -私どもとクレジットカードの契約をしていただくためには、あなたは少なくとも18歳以上でなければいけません。それが私どものポリシーです。

 18歳以上……。

 私の年齢は、その倍です。「ふざけてんのか!」と叫び、私は怒りました。

 というのは嘘で、実は「シティバンクさん、どうもありがとう! よくぞコラムのネタを提供してくれました! 存分に笑い者にさせていただきます」と感謝したのでした。

 私は、生年月日の表示された身分証明書のコピーを手紙に添付し、シティバンクに送り返しました。次はどんな手紙が送られてくるのでしょう。楽しみです。何か面白いのが届いたら、またご報告したいと思います。(細田雅大)

プレーオフの応援で「お前はゲイ」

03年10月01日

 昨日、プレーオフ地区シリーズ第1戦のヤンキース対ツインズ戦を観てきました。お目当てのゴジラ松井は3打数1安打、最終打席は「あわやホームラン」という当たりでそこそこの出来でしたが、チーム全体としてはパッとしませんでした。タイムリーヒットが出ない上に、守備がボロボロで、今後に不安が残りました。

 印象的だったのは選手のプレイではなく、観客の言動でした。左翼側のブリーチャー(外野席)で観戦したのですが、多数を占めるのはもちろん熱狂的なヤンキースファンです。ところがごく数人、気骨あるツインズファンがいて、彼らはツインズのユニフォームを着たりキャップをかぶったりしています。ヤンキースファンに見つかると、「ここにツインズのファンがいるぞ!」という感じで盛大にブーイングをされたり野次られたりします(ヤンキースファンが1人、野次り過ぎたためか警備員に連れていかれました)。

 私が驚いたのは、試合の途中でヴィレッジ・ピープルの「YMCA」が流れた時でした。日本では西城秀樹が「ヤングマン」という題名で歌いヒットした曲です。本来なら「ワーイ・エム・シー・エー」と歌います。しかし私の周囲のヤンキースファンは、待ってましたと言わんばかりの態度でツインズファンを指差し、「ワーイ・オー・ユー・ゲイ」と歌うのです。

 自分の耳を疑ってしまったのですが、ワーイ・オー・ユー・ゲイ、つまり、「YOU Gay」と言っているわけです。これはやはり「お前はゲイだ」と言ってツインズファンを侮辱しているのでしょうか? 年端もいかない若者の言動なら理解できる気がしますが、楽し気に「ワーイ・オー・ユー・ゲイ」と歌っている人の中には「いい大人」も混じっていました。無骨な男ばかりではなく、優しそうな笑顔のおばさんもいました。ヴィレッジ・ピープルは「ゲイのバンド」として人気がありましたから、何かそのあたりが関係しているのでしょうか?

 「同性愛差別はタブーだったのでは……」と思いながら私は、米国野球文化の底の深さ(浅さ?)にたじろぎました。私の耳にはたしかに「ワーイ・オー・ユー・ゲイ」と聞こえたのですが、聞き間違いの可能性はありますし、うかつには判断できない何か別の事情があるのかもしれません。詳しい方はぜひ情報をお寄せ下さい。(細田雅大)

セクシーなお相手になれるかな?

03年11月14日

 オフィスでの仕事が終わると、最寄りの地下鉄駅にすぐ向かうのではなく、30ブロックほど歩いて、ユニオン・スクエア駅から地下鉄に乗ることがよくあります。

 火曜日は、ユニオン・スクエア駅のある14丁目まで、ずっと7番街を歩いていきました。「昨日は3番街だった」「今日はマディソン通りだ」というようにいつもコースを変えています。「どの通りを行けば、面白い人物、面白い事件に遭遇できるだろう?」と考えてカンをはたらかせるのです。

 火曜日は、7番街には特に面白いことはありませんでしたが、ユニオン・スクエアのそばにちょっと変わった人物がいました。シャッターの下りた店の前で、メッセージの書かれた厚紙を持って座り込んでいる物乞いらしき男性です。

 こういう場合、厚紙に書かれているメッセージは、「私はホームレスで空腹です」とか「妊娠中のホームレスです」とか「ホームレスでHIVに感染しています」など、ストレートに窮状を訴えるものが一般的です。

 しかしこの男性のメッセージは少し違っていました。男性は厚紙を2枚持っていて、その1つには次のように書かれていたのです。

 May I am your

 これは疑問文の前半部分で、「私はあなたの……?」という意味です。後半部分は、もう1枚の厚紙の方に書かれています。でも男性は2枚の厚紙を重ねて持っているので、まだ1枚目の内容しか分かりません。自分に関心を持ってくれる通行人には、まず「May I am your」と書かれた厚紙を出してから、さっと2枚目を見せるわけです。その2枚目に書かれていたのは……

 Sexy bum?

 ……セクシーな浮浪者。男性は私に2枚目を見せた時、「面白かった?」と言わんばかりの表情になりました。bumには「浮浪者」のほか「売春婦」という意味もあるようです。

 May I am your sexy bum?

 俺、あんたのセクシーな浮浪者(お相手)になれるかな?

 私は感心しました。何事にせよ頭を働かせて工夫している人には感心してしまうのです。しかし同時に、ダウンタウンの浜ちゃんとか、ドリフターズのいかりや長介とか、ビートたけしが現れて、「なれるわきゃねーだろ!」と男性の頭を叩くシーンを想像し、つい笑ってしまいました。(細田雅大)

元気の出る人たち

03年12月19日

 先週の土曜日、久しぶりにチャイナ・タウンへ出かけました。年末が近づき、買い物客でごった返しています。大通りのキャナル・ストリートにはいろいろな露店が出ていました。

 まず目についたのは、違法コピーしたDVDとCDを販売している露店です。なまりの強い英語を話す中国系の女性が、「The Last Samurai」「Honey」「Bad Santa」など、公開されたばかりの作品を売っています。CDも同じように、Jay-ZやAlicia Keysの新作が並べられています。ちなみに値段はDVDが5ドルでCDが4ドル。劇場で観て面白かった「Bad Santa」を買おうかと思いましたが、DVDプレイヤーを持っていないことに気づいたので、やめました。

 コンパクトCDプレイヤーを売る露店もありました。ヘッドフォンの付いたプレイヤーが、薄っぺらい説明書と一緒に透明なビニールで直接ラップされています。「20ドルぽっきり! CDもMP3も聴けるよ。インターネットからダウンロードした音楽が聴けるんだぜ!」と売り子の黒人兄ちゃんが宣伝しています。

 機械に弱そうな白人男性が兄ちゃんに尋ねるのが聞こえました。「インターネットの音楽だって? このプレイヤーでインターネットから音楽がダウンロードできるのかい?」

 「できるよ」と黒人の兄ちゃん。

 「本当だな?」と白人男性。

 「本当だよ」と兄ちゃん。

 私は「いや嘘ですよ。インターネットから音楽をダウンロードするにはコンピュータが必要なんだから」と白人男性に教えてしまいそうになりましたが、やめました。

 ジャグラー(手品師、ペテン師)も小さな露店を出していました。客の目の前で3枚のトランプを素早く移動させています。3枚のうち1枚は赤い絵柄。客は赤い絵柄のトランプがどれなのか当てるのです。つまりギャンブルです。このジャグラーもまた黒人の兄ちゃんでした。

 「はいはいはい。赤いトランプはどこでしょう? はいはいはい。おっと! 当たったねお客さん。はい40ドルのお返し」などと言いながら、客に金を渡しています。しかしこの客はサクラに違いありません。もし本物の客が加われば、きっとトランプを動かす速さは目にも止まらぬほどになるでしょう。やってみようかな、と思いましたが、やめました。

 時と場所は変わり、木曜日早朝のブルックリン。紙で作った大きな看板を体の前後にぶら下げた黒人の兄ちゃんが、地下鉄駅そばの人通りの激しいところにたたずんでいました。看板には「Personal Trainer」と大きく書かれています。ジムでバーベルを挙げ、見事な肉体を誇示している兄ちゃん自身の写真もたくさん貼られています。

 体作りを個人的に指導してくれるパーソナル・トレーナーという職業が注目を集めているようです。この兄ちゃんは自分で看板をぶら下げて、自分自身を売り込む営業活動をしているわけです。

 違法コピーのDVDとCDを売る中国系の女性。平気で客をだます黒人の兄ちゃんたち。そして、本当はそんなことしたくないだろうに巨大な看板をぶら下げてたたずむ黒人の兄ちゃん。こういう人たちを見ると私は元気が出ます。「よし! 俺も負けずに頑張るか!」と思うのです。(細田雅大)

フリーダムって何?

03年12月27日

 中枢同時テロで崩壊した世界貿易センター(World Trade Center)跡地に建てられるビルの設計案が、12月19日に発表されました。世界で最も高いビルとなる予定で、2006年の9月に完成予定です。1776フィート(約541メートル)になるこのビルの名前は、「フリーダム・タワー(Freedom Tower)」といいます。

 2年前の中枢同時テロの後から、私は「フリーダム(自由)」という言葉に妙に引っかかるようになりました。うまく説明できませんが、「フリーダム」という言葉が現れるたびに違和感を感じてしまうのです。

 まず、テロが起きた後に、ブッシュ大統領やジュリアーニ市長(当時)が、「テロはフリーダムに対する挑戦」「米国が攻撃を受けたのは、この国にフリーダムがあるから」といった発言をしました。

 中枢同時テロ発生時、ケネディ国際空港にいた元ビートルズのポール・マッカートニーは、テロの被害者と遺族を救済する目的で、「フリーダム」という曲を作りました。「誰もがフリーダムについて話してる。フリーダムの中で生きる権利を守るため、僕たちは闘うことになる」という内容の歌詞でした。

 反戦メッセージを集めた日本語の本「非戦」(幻冬舎)を読んでいたら、「テロリストが米国を攻撃するのは米国にフリーダムがあるからだと言う人がいる。それなら、なぜカナダは攻撃されないのだ? カナダは米国よりずっと自由な国なのに」という内容の記述がありました。

 今春、連邦議会の食堂で「フレンチ・フライ」が「フリーダム・フライ」に代えられました。米国の方針に同意しないフランスに対する抗議の気持ちを表すためでした。

 テロ以降、いろいろな場所に「フリーダム」という言葉が現れているように思います。いったい「フリーダム」とは何なのでしょう? 辞書を調べれば意味は分かります。でも時々、人々が「フリーダム」という言葉を持ち出してくる気持ちが分からなくなるのです。(細田雅大)

オノ・ヨーコの新聞広告

03年12月30日

 2001年9月23日のニューヨーク・タイムズの1ページを保存しています。2年以上前のものなので少々黄ばんでいます。記事も写真も掲載されていない全面広告です。ページの真ん中に1行だけ、歌詞が引用されています。

 Imagine all the people living life in peace.

 ジョン・レノンの名曲「Imagine」の一節です。広告を出したのは、ジョン・レノン夫人のオノ・ヨーコであることが、後日、判明しました。

 9月23日といえば、中枢同時テロから12日後のことです。あまりにも有名な「Imagine」の一節を、ニューヨーク・タイムズの広告として機転を利かせて発信することのできるアーティストは、資金面も含め、私にはオノ・ヨーコしか思い浮かびません。「金持ちの自己満足」「偽善」「無意味な言葉遊び」などと言って批判する人もいるかもしれませんが、私は「さすがオノ・ヨーコ!」と感心しました。

 この新聞広告と前後して、マンハッタンのタイムズ・スクエアに巨大な白看板が登場しました。真っ白い看板の真ん中に、4語だけ引用されていました。

 Give Peace A Chance

 ジョン・レノンの曲のタイトルです。この白看板もオノ・ヨーコによるものでした。世界が激動していたあの時期に、シンプルなメッセージを意外な場所で軽快に発信していく彼女に、やはり私は感心したのでした。

テロ直後、タイムズ・スクエアに出現した巨大看板

 そして先日、12月28日のニューヨーク・タイムズにまたオノ・ヨーコの広告が登場しました(12月24-30日号のヴィレッジ・ヴォイス誌にも掲載されていることが判明しました)。

 今回は「YOKO ONO, NEW YORK CITY」ときちんと名前が記されています。メッセージは、シンプルな1行ではなく24行に及び、彼女自身による奇妙なイラストも付いています。以下に全文を翻訳してみます。引用されている英文は、ジョン・レノンの曲「Happy Xmas (War Is Over)」の一節です。

 友人たちへ

 "So This is Xmas what have you done?"

 騒々しかった年が過ぎていこうとする今、
 私たちは心を一つにし
 明快なビジョンとともに年を終えようではありませんか。
 心に描いてみましょう
 すべての人が平和に暮らしているところを。
 10秒間。1時間。1日中。
 好きなところで、好きな時間に。

 平和に満ちた世界について明快きわまりないビジョンを持ちましょう。
 楽しさと喜びの精神とともに。
 怒りや恐怖ではなくて。
 ネガティブな考えなんて、私たちには持てない贅沢(ぜいたく)品なのだから。
 歌い、踊り、抱き合いましょう
 新しい年を迎え、そして、新しい世界を迎えるために。
 私たちの星が美しい星座の一部であることへの感謝の気持ちを
 宇宙に伝えようではありませんか。

 愛の反対は恐怖であって、憎しみではないのだから。
 知恵の反対は混乱であって、愚かさではないのだから。
 2つの場所を結ぶいちばん短い距離は
 私たちの願望と揺るぎない信念なのだから。
 心臓の鼓動に耳をすまし、思い出しましょう
 "War is Over If you want it."

 With love, yoko ono dec. '03

 今回の広告では、シンプルであったがゆえの鮮やかさが失われているように感じられ、私は少し残念に思いました。メッセージの内容については「ちょっと陳腐かな」という気もしますが、オノ・ヨーコの活動から目を離すことはできません。いつどこに彼女のメッセージが現れるか分かりませんから、これからも注意しておきたいと思います。(細田雅大)

ニューヨークのアパート事情

03年12月30日

 約1年前にブルックリンに越してきたばかりですが、また引っ越すことにしました。ニューヨークのアパート事情の一端が伝わるかもしれませんので、引っ越しを決意するにいたった経緯をお話しします。

 現在、私が住んでいるのはブルックリンのクラウン・ハイツ地区です。MTA(ニューヨークの公共交通機関)が発行しているニューヨークの地下鉄マップをお持ちの方は、ご覧になってみてください。クラウン・ハイツは、プロスペクト・パークの北東に位置しています。

 クラウン・ハイツには、カリブ海諸島の出身者とアフリカン・アメリカンが多く住んでいます。私がそのことを知ったのは、引っ越した後でした。私は何よりも家賃の安さに引かれて越してきたのです。Studioと呼ばれるワンルームに、キッチン、トイレ、シャワーが付いています。家賃は、前に住んでいたクイーンズのアパートよりも200ドル以上安い、649ドル53セントです。

 アフリカン・アメリカンやカリブ海諸国の文化が好きな私は、クラウン・ハイツの土地柄も好きになりました。ブロック・パーティー(通りを通行止めにして大音量で音楽をかけバーベキューをする)が盛んで賑やかですし、人なつっこい住民ばかりです。親切な知人(日本人)は「クラウン・ハイツは危険な場所だよ」と警告してくれますが、私のアパートのそばには巨大な警察署があり、そのためでしょうか、幸運にもこれまで危険な目に遭ったことはありません。

 土地柄は気に入りましたが、アパートに問題がありました。私の部屋では、朝や夕方になると、水もお湯も出なくなるのです。私の部屋は最上階の6階にあります。ビルの水道設備に問題があり、住民の多くが同時に水道を使うと、6階まで水が届かなくなるのでした。

 他人に注文を付けるのが得意でない私ですが、管理人に文句を言いました。南米のガイアナ出身の男性で、入居の際にこまごまと面倒を見てくれた感じの良い人です。「これは6階全体の問題で、大家にはいつも報告しているんだけど……」と言う彼もまた困っているようでした。

 「私のアパートは水が出ないんですよ」と言うと、知人はみな驚きあきれます。しかし、私はすぐ水不足に慣れました。深夜になれば多少状況は改善されるのです。水は「チョボチョボ」という感じですが、お湯はそこそこ出るようになります。何とかシャワーを浴びることができます。

 水が不十分ですから料理はできませんが、どうせ私は自炊をしません。いい機会だからと、ガスも止めてしまい、「良い節約になった」と喜んだのでした。ちょうど米国がイラクに侵攻するかどうかの瀬戸際でした。アフガニスタンの悲惨な住環境に関する報道もありました。私は「アフガンやイラクでもこんなふうに水が出ない時が多いのかしら?」と考え、遠い異国に思いを馳せたりしました。

 そして夏がやって来ました。本欄で以前書いた通り、すぐ近くのプロスペクト・パークでの魚釣りに私は夢中になりました。「これだけ楽しい釣りができるのなら、水が出なくても平気だ! 住めば都とはこのことだ!」と私は浮かれたのです。

 しかし釣りシーズンもそろそろ終わりを迎えた10月、大家から手紙が届いたのでした。「New York Stabilization Code」という家賃の上昇を安定させる規則があるのですが、この規則により、来年の契約更新時から家賃が30ドルほど上がるという内容でした。

 「釣り」「水不足」「30ドルアップ」……。これらが私の心の中で天秤にかけられました。心は揺れ、迷い続けていたある日、管理人が住人への告知文を壁に貼っている現場に遭遇しました。水道設備を全面的に修理するため、昼間、水道が一時使えなくなるという告知でした。

 悩みが消え、私はまた幸せになりました。きちんと水が出るのであれば、30ドルのアップは問題ではありません。私の心は契約更新に大きく傾きました。

 水道工事が行われた日の夜、帰宅した私は、まず水道の蛇口をひねりました。もう「チョボチョボ」ではないはず。「ドバーッ」「ジャーッ」と激流のごとく水が出てくるはず……。

 しかし……。

 水道管の遠くの方から響いてくる「カァ~」という情けない音に続いて出てきたのは、チョロチョロとしたたる程度の水……。

 水道設備は結局、直っていませんでした。私は引っ越しを決意しました。釣りのできるプロスペクト・パークから離れることはもうできないので、公園のそばのフラットブッシュ地区やパーク・スロープ地区でアパートを探しています。(細田雅大)

看板は英語で? 母国語で?

04年01月12日

 アメリカは人種・民族の坩堝(るつぼ)。よく使われる表現です。「坩堝」とは何か、辞書で調べてみると、「金属をとかすのに使う壷(つぼ)」だと書かれています。

 「いや、アメリカは人種・民族の坩堝ではなく、人種・民族のサラダボウルだ」。そう考える人もいます。人種や民族が溶けて1つになるのではなく、サラダボウルの野菜のように、さまざまな人種・民族が個性を維持しながら共存しているという考えです。

 1月10日のニューヨーク・タイムズに、多民族・多人種国家アメリカの行く末を考えさせられる記事がありました。ニューヨークのクイーンズにフラッシングという地域があります。そこで商売を始める韓国系の店舗の看板に、韓国語だけで英語表記のないものが多く、古くから住んでいる白人住民との溝が広がっているという内容の記事です(「Ethnic Friction Over Signs That Lack Translations」)。

 「ここで育った白人は怒ってるよ。新しく商売を始める韓国人たちは、韓国人にだけ売り、韓国人だけから買い、韓国人とだけ商売しようとしている。一般のアメリカ人の経済を台無しにする行為だよ」と言うのは38歳のケン・ウェスターフィールドさん。

 現在、「看板は英語でなければいけない」という法律はニューヨーク市にはありません。しかし、少なくとも半分の文字は英語にすることを義務づける新法作成の動きが、一部にあるようです。

 「感情を害している人がたくさんいます」と言うのは、市議会議員のトニー・アヴェラ氏。「人種差別的な考えによるものだとは思いません。しかし、自分が生まれ育った町に、理解のできない看板が突如として現れれば、差別されていると考える人がいてもおかしくありません」

 韓国系の店舗が立ち並ぶ通りにあるアイリッシュ・パブ「Tipperary Arms」では、「俺たちは米国に溶け込まねばならなかったのに」と文句を言いながら、常連たちがクダを巻いています。彼らによれば韓国系移民は、自らのコミュニティーの外側と交わろうとしないというのです。

 「このパブの看板にゲール語の文字があるかい?」と言うのは63歳の退役軍人、アル・アントレッターさん。「韓国人はこの国にやって来て商売を始める。でも俺たちとは、俺たちの言葉とは、かかわろうとしない。アメリカにいるんだから英語を話せよって言いたいね」

 韓国系のニュン・パークさんが所有する家具店の看板には、英語の表記があります。英語できちんと商売の内容が書かれています。「どの店の看板にも英語があった方がいいと思うんだけどね」とパークさんは言います。「だって、その方が客が増えるのに」

 私はこの記事を読んで、「これは韓国系の移民に限った話ではないな」と思いました。そして、コミュニティー単位だけではなく、アメリカにやってきた個人一人一人にも当てはまる話だと思いました。

 居心地のいい場所にいるだけでは駄目。時々外に出ていくことが大事。でも、外に出て何かをするためには、帰ってこれる場所がやっぱり必要? この国にいる限り、誰もが考えざるを得ないことだと思います。(細田雅大)

引っ越しする時、日本人は得?

04年01月23日

 本欄で先日、引っ越しを決意した経緯をお伝えしました。その後、新しいアパートも無事に見つかり、後は契約の切れる1月末に引っ越すだけとなっています。特に珍奇な出来事は起きていませんが、どなたかの参考になるかも知れないので、この間の経緯を報告します。

 プロスペクト・パークの近くに引っ越すことに決めていた私は、週末、公園のそばを歩き回り、良さそうなアパートを探しました。そして、十分に公園に近く、家賃も高くなさそうなアパートが2つ見つかりました。

 アパートの壁には、それぞれ看板が打ち付けられていました。「賃貸希望者は以下に電話せよ」との指示があります。不動産会社の看板でしょうか。私は番号をメモし、さっそく電話をかけてみました。

 録音された音声が自動的に応対してくれました。「アパートを借りたい場合は、3を押してください」。3を押すと、呼び出し音がしばらく続き、また録音された声が出てきました。「ただいま担当者は不在です。名前と電話番号を残してください。こちらから、かけ直します」

 私は受話器を置き、もう1つの方に電話してみました。こちらも録音音声による応対でした。同じように担当者は不在です。翌日も、その次の日も、電話をかけました。しかし、いつも担当者は不在なのです。また、電話番号と名前を残しておいても、電話はかかってきませんでした。

 「厳しいアパート探しになりそうだ」と思い、少し憂鬱(ゆううつ)になった時でした。ニューヨーク・タイムズのクラシファイド欄に良い物件を見つけたのです。「フラットブッシュ通り。小さいけれど明るいStudio。月615ドル」。早速電話をかけると、今度は人が対応してくれました。まず、正確な住所を教えてもらうつもりでした。おおよその地域や通りの名前はあっても、正確な住所が記載されている物件情報は少ないのです。もちろん私は、地図で確認して、プロスペクト・パークまでの距離を知ろうとしたのです。

 「ニューヨーク・タイムズで見た615ドルのアパートに関心があるんですが、正確な住所を教えてもらえませんか?」と私。

 電話に出たのはしっかりした声の男性でした。「その前に少し質問させてください。今お住まいなのはどちらですか?」

 「ブルックリンのクラウン・ハイツ地区です」

 「なぜ、今のアパートを出ようとするのですか?」

 「なぜって、契約が切れるからですよ」

 「お勤め先はどこですか?」

 「マンハッタンのミッドタウンに勤めています。日系の雑誌を編集しているんです。私は日本人なのです」

 現住所、そこを出る理由、勤め先などを矢継ぎ早に質問していくことで、私が“問題人物”かどうか、判断できるのなら判断したかったのではないかと思います。電話口の男性は、アパートの大家である女性の旦那さんでした。私が日本人であることが分かると、男性の警戒度が下がったような気がしました。一般的に「日本人なら問題はないだろう」と考えられているのだと思います。

 アパートは公園からわずか数分の距離でした。室内の見学、契約書への記入を行い、とんとん拍子に話はまとまりました。不動産屋に手数料を払う必要はなく、水もしっかりと出ます。新しいアパートが便利な場所に見つかって、私は幸せです。差別的な待遇を受けたわけではなく、むしろその逆です。しかし、電話で先方の警戒心が薄れた時のことを思い返すと、釈然としない気持ちも残るのです。(細田雅大)

私の詐欺体験

04年04月29日

 「眼鏡詐欺」がはやっているようです。実は私、この詐欺を体験したことがあります。五番街と42丁目の交差点でした。向こうからやって来た黒人男性とすれ違った時に、彼のかけていた眼鏡が落ちたのです。眼鏡を拾い上げた彼は、「壊れた」と言い出しました。

 「割れてしまった。壊れてしまった。お前がぶつかったせいだ」

 ここで「すまん。俺のせいだ」と言おうものなら、いくらか金を払わなければならなくなると察した私は、男性が持つ壊れた眼鏡を覗き込み、「I am sorry, but it's not my fault」(すまん。でも俺のせいじゃない)と言いました。

 そして私は、すたすた歩き去りました。男性はぶつぶつ何か言いながら、追いかけてきました。だんだんイライラしてきた私は、やや口調を荒げ、「あーすまんすまん。でも俺のせいじゃねえんだよ」という感じで、同じセリフを繰り返しました。すると男性は、あきらめて行ってしまいました。

 そのほか私は、詐欺だと承知していながら、面白がって金を与えたこともあります。数年前、ハーレムでのことでした。125丁目を歩いていると、にやけた表情の白人男性が声をかけてきたのです。男性はおおよそ次のように言いました。

 「ここまで乗ってきた車が壊れてしまった。レッカー車を呼んでくる必要がある。ついては、急いでタクシーに乗り、レッカー車を呼びにいかなければならない。10ドル貸してほしい」

 いつもなら無視して通り過ぎる私ですが、その日はなぜか違いました。白人男性のにやけた表情にイラついてしまったのかもしれません。

 「10ドルはやれないが、5ドルならやろう」と私は言いました。

 「ありがたい」

 「いつ返してくれる?」

 「すぐ返すよ」

 「これが俺の連絡先だ」私は名刺を渡しました。「ここに金を送ってくれ」

 「ああ分かった。送るよ」

 「おい! いいか本当に送れよ。念のため言っておくが、俺は日本人だ。オリエンタル・ミステリーという言葉を知っているか? 俺たちの秘密のネットワークを知っているだろうな? 俺たちの仲間はそこかしこに潜んでいる。もしお前が金を返さない場合、何が起こるか分かっているだろうな? お前の住所はすぐに俺たちの知るところになる。全員がお前の居場所を知る。もし金を返さなければ、誰かがお前の家へ行く。そいつがお前に何をするかは、そいつ自身に聞いてみろ!」

 という具合に、私はその男を散々に脅し、楽しんだのでした。

 でも、いまだに5ドルは送られてきません。(細田雅大)

迷子になった都会のカモ

04年05月28日

 平日は朝ジョギングをするため、そして週末は釣りをするため、私は毎日、プロスペクト・パークへ出かけます。公園の湖で最近よく目にするのが、カモやガンの親子です。隊列を組んで、すいすい泳いでいます。まず先頭に親鳥。4、5羽の子供がその後に続き、しんがりは別の親鳥です。親鳥は常に左右を確認します。子供に危害を加える生き物がいないか警戒しているのです。

 彼らは時々、人がいない岸辺に上陸します。親鳥が見守る中、子供たちは歩き回り、エサでもあるのか、柔らかい土を熱心にほじくります。人の近づく気配があると、親鳥はあわてて子供たちを導き、湖に戻っていきます。その様子があまりに健気(けなげ)かつ可愛いので、私はじっと観察してしまいます。

 ところが今週は、4羽の小ガモがピーピー鳴いているだけで、親ガモの姿がなかったのでした。黒地に白い斑点のあるのが2羽、そして、ヒヨコのような薄い黄色のが2羽。老人が1人、小ガモたちにパンをちぎって与えています。

 「I think they are lost(迷子になってしまったんですね)」と私は老人に話しかけました。

 「I know(その通りだ)」と老人。

 「Where are the parents?(親はどこ?)」と私。

 「I don't know. I don't know if they can survive without parents(知らない。親がいなくて生きていけるかも分からない)」

 そして老人は行ってしまいました。「さて、次はお前が見守る番だぞ」という態度でした。私はしばらく見守りました。私が近づいても、湖に逃げるという知恵がないようで、小ガモたちは岸辺を横に移動していくだけです。そのうち、芝生の上で気持ち良さそうに固まって、私が目の前にいるというのに、眠り出してしまいました。

 その日は、朝昼晩と3回、湖に出かけました。昼間、ヒスパニックの女の子たちに可愛がられている(正確には、追い立てられたり、抱っこされたりしている)のを見た時は、「トラウマにならねばいいが…」と考え、不安になりました。日没時には、岸辺に生えるアシのそばに固まって、あまり動こうとしませんでした。「夜、野良猫などに襲われねばいいが…」と考え、不安になりました。

 翌朝も小ガモたちは、ほぼ同じ場所にいました。ジョギングを中断して見守っていると、犬を散歩させている女性がやって来ました。すぐに異変に気づいたようです。私たちは心配そうな顔を見合わせました。

 「Where are the parents? I've never seen them without parents.(親はどこ? 親がいないのなんて初めてだわ)」

 朝、小ガモを見守りながら、コーンフレークを与えるのが習慣になってしまいました。このままで小ガモたちは大丈夫なのでしょうか。心配です。

 P.S. 4羽を発見してから3日後の朝、ふた回りほど大きいカモ1羽が、小ガモたちに合流していました。大きさからして親ガモではないと思います。お兄さんかお姉さんかもしれません。一緒に行動しているようです。少し安心しましたが、コーンフレークを与えると、小ガモを差し置いて食い始めます。保護者としての自覚がやや欠けているようです。(細田雅大)

外国語を話す快感

04年07月08日

 イタリアから友人がやって来ました。ニューオーリンズの英語学校で出会った警察官です。99年のことですから、5年ぶりの再会となります。彼にとって初めてとなるニューヨークを案内しました。タイムズ・スクエア、グラウンド・ゼロ、リトルイタリー、チャイナタウン、5番街、ブルーノート……。

 私の英語も完璧からはほど遠いわけですが、彼の英語もかなりおぼつきません。「こいつは、この単語を知っているだろうか」「こいつは、この言い回しを知っているだろうか」とお互いにうかがうことになります。2人が共有する最小限の語彙(ボキャブラリー)での会話となるわけですね。

 その結果、どうなるか? 婉曲(えんきょく)な言い回しとか、ほのめかしとか、ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)とかはほとんど皆無となります。急所だけを突きまくる会話となるわけです。これが実は、意外に快感です。我々の会話をあえて翻訳すれば、例えば、以下のようになるでしょう。

 「お前、彼女いるの?」
 「中国人」
 「それは素晴らしい」
 「でも頭の中に何も無い」
 「馬鹿なの?」
 「頭の中に何も無い」
 「結婚しないの?」
 「問題がある」
 「問題って何?」
 「頭の中に何も無い」

 似たようなことが、男女間の会話でも起きるのではないでしょうか。英語が母国語でない男女が仲良くなり、英語でコミュニケートするとします。好きな人と一緒にいてドキドキしているわけですから、ただでさえ貧弱なボキャブラリーが、輪をかけて貧弱になるわけです(私だけ?)。結果的に、日本語を話している時にはとても言えないようなダイレクトな表現を、いきなり使ってしまうことになります(私だけ?)。

 「俺は君と一緒にいたい」
 「…………」
 「俺の望みは君と一緒にいること」
 「…………」
 「君と一緒にいる今が、人生でいちばん幸せ」
 「…………」
 「君と一緒なら俺はとても幸せ」
 「…………」
 「俺は君を愛している」
 「…………」

 え? この程度の表現なら日本語でも軽く言えちゃう? うーん。それは凄くうらやましい。私は日本語ではまず言えません。でも英語でなら言える。というか言わざるを得ません。ほかの表現を知らないからです。「外国語を話すのって快感だなあ」と思うのは、私の場合、日本語では言えないことを言わざるを得ないところまで、追いつめられてしまう時です。(細田雅大)

私は出社しません

04年08月04日

 「アルカイダによる金融機関への攻撃が実施直前にある」と判断した国家安全保障省が、日曜日、テロ警戒レベルを上げました。攻撃を受ける可能性のある施設として、ニューヨーク市内では、ニューヨーク証券取引所と、シティグループの本部があるビルが挙げられています。これまでの曖昧な警戒情報と比べ、ものすごく具体的です。

 シティグループのビルというのは、私たちのオフィスから徒歩約15分ほどのところにあります。さっそく月曜日、付近の様子を見てきました。

 まず目につくのがマスコミの多さです。ビルを取り囲むようにして、機材を積んだバンが並んでいます。ニュース・キャスターが台の上に立ち、ライトを当てられ、マイクを持って何かしゃべっています。警官もたくさんいます。機関銃を手にした警官(軍人?)も含まれます。機関銃を目にするたびに、それが撃たれた時の状況を想像してしまいます。何台ものパトカーがビルの前に連なっています。爆弾を積んだトラックで突入してくるタイプのテロが予想されていました。突入を阻止するためのバリケード代わりなのでしょうか。

 ビルの出入り口は、1つを除き、すべて封鎖されていました。その唯一の出入り口では、警備員が厳重に持ち物チェックをしています。シティグループの社員(そしてシティグループ・ビルで働く人々)の中には、この日も出社し、働いている人がいたのです。お昼休みで外に出てきたところをマスコミにつかまり、インタビューされている人もいます。

 すごいな、と思います。内部の事情は知りませんが、単純にすごいと思うのです。自分の状況に当てはめて考えてみます。「アルカイダによる日本関係機関への攻撃が実施直前にある」とします。そして、攻撃を受ける可能性のある施設として「日本大使館、日本領事館、U.S.フロントライン」が挙げられているとしたらどうでしょう?

 私はまず出社しないでしょう。そもそも「出社せよ」という指示が出るわけがなく、全員自宅待機となり、どうしても必要な仕事は自宅でやることになると思いますが、仮に出社しても、「テロ取材に行ってきます」と言ってすぐにオフィスを離れ、十分に安全な場所から望遠レンズでU.S.フロントラインのオフィスをのぞきます。ずっとそこにいてシャッターチャンスを待ち、終業時間が来たらオフィスに電話して、「直帰します」と報告して家に帰ります。

 シティグループの社員は強い。でも、誤解しないようにしましょう。どこかの誰かが言うように「アメリカが強い」のではないのです。あくまでもシティグループの社員、そしてシティグループ・ビルで働く人々が強い。皆さんは、もし自分の勤める会社や施設が狙われたら、どうしますか?(細田雅大)

明日、また来てね

04年08月11日

 私だけのことなのか、それともほかの人にも当てはまるのか分かりませんが、ニューヨークで接客業務に携わる女性に、よくもて遊ばれます。

 先日、五番街にある大衆靴屋で、19ドル99セントの靴を買った時もそうでした。箱に入った靴をレジ係の女性(ヒスパニック系)に渡すと、「箱は必要?」と聞かれました。すぐに新しい靴にはき替えるつもりだった私は、「いや、いらない」と答えました。ここまでは普通のやり取りです。しかし、女性の次の応答は、普通ではありませんでした。

 「何で?」(Why?)

 何でって言われても、俺、箱いらないんだもの! 私はまず驚いてしまいました。そのため気の利いたセリフが返せません。

 「分かんないよ、そんなの」(I don't know)と私はつぶやきました。

 レジ係の女性は、同僚の女性と一緒にくすくす笑っています。そして言いました。

 「次は、ちゃんと箱持って帰ってよね」

 ここでやっと私もひらめきました。

 「何で?」と言い返したのです。ふふふ。してやったり。「お姉ちゃん、今度は俺が1本取ったぜ」という心境です。

 女性は楽しそうな口調で「あら。あなたは頭がいいのね! でも次は、ちゃんと箱持って帰ってよね!」と言いました。

 しかし、気の利いた応答ができない場合もあります。例えば先日、日本へ航空便を送るために郵便局へ行った時のことです。業務終了ぎりぎりの時間でした。やって来た私を見て、黒人の女性係員がカウンターの向こうから手招きしました。

 「この封筒を、日本へ航空便で送りたいんですけど」と私。

 すると女性係員は、小さな書類を取り出し、胸の前でヒラヒラさせます。なぜか無言です。

 「その紙に記入しなきゃいけないんですか?」

 「その通りよ」

 「じゃあペンを貸してください」

 「貸してもいいけど、このペンはとっても良いペンなの。だから貸すだけよ。本当に貸すだけなの」

 変わった人だなと思いながら、借りたペンで送り先など必要事項を記入していきました。そのペンは、たしかに最高の書き心地でした。

 「本当だ。このペンはとても良いですね」と私は言い、しっかりペンを返しました。

 女性係員は私が書き終えた用紙を確認すると、封筒にペタッと張り付けました。私は郵便代金を支払い、レシートをもらいました。そして帰ろうとした時に、言われたのです。

 「明日、また来てね」(Come back tomorrow)

 ん? 何だ? 心に巨大なクエスチョン・マークが浮かび上がりました。一瞬、航空便に関する手続きがまだ何か残っていて、それでもう一度郵便局にやって来る必要があるのかと思いました。しかし、それは明らかにおかしい。じゃあ、いったいなぜ??

 私は弱々しく「OK」としか言えませんでした。そして、そそくさとカウンターを離れました。「明日、また来てね」と言われた時、どう言い返せば、気の利いた応答になったでしょう。今でも何も思いつきません。(細田雅大)

 P.S.
 上のコラムを読んだ同僚が、「そりゃもちろん、If you are here.(+ウィンク)でしょう」と言ってきました。なるほど。たしかにこの応答はかっこいい。次の機会に備え、練習しておきます。

ブッシュにはビールが必要だ

04年09月03日

 木曜日、ものものしい警戒態勢がしかれている42丁目を歩いて、タイムズ・スクエアへ映画を観に行きました。もちろん、共和党大会のための厳重な警戒です。各交差点に警官やパトカーが配置されています。VIPが乗っている車が通るときは、一般の交通は遮断され、パトカーが先導していきます。

 コンパクトながら大変に恐ろしい「Open Water」という海洋映画を観終わり、映画館を出ると、「マダム・タッソーろう人形館」の前が混み始めていました。「プライベート・パーティーがあるので今晩は貸し切り」との表示があり、スーツを着た立派な白人男性が入り口に何人も立っています。おそらく共和党大会参加者のためのパーティーでしょう。

 看板を手にした人が、その近くでアピールしています。反ケリー(反民主党)の看板もあれば、反ブッシュ(反共和党)の看板もあります。「ケリーには戦時の大統領は無理」「イランにも攻め込むべきだ」という看板を掲げている人のすぐ横で、「イラク侵攻は大失敗だった」という看板を持って張り合っている人がいます。「4 More Years」というブッシュ支持者の看板も目につきます。「もう4年、大統領をやってもらおう」という意味です。

 ですから私は、その厚紙を見た時、政治に関係したスローガンだと思いました。道ばたに座り込んでいるしょぼくれた白人男性が、以下のように書かれた厚紙を、足元に置いていたのです。

 Why Lie?
 Need a Beer

 この1週間、「Bush is Liar」「Bush Lies」(ブッシュは嘘つき)というたぐいの看板をたくさん目にしていました。私は、この白人男性の「Why Lie?」も、その文脈で考えてしまったのです。

 (ブッシュは)なぜ嘘を?
 ビールが必要

 いったいブッシュとビールがどう関係するのでしょう? 私は戸惑いました。ブッシュ大統領は以前、ほとんどアルコール依存状態だったらしいのですが、40歳の誕生日から現在までは禁酒を続けています。私は、そのエピソードを思い出し、このスローガンの意図を探りました。

 ブッシュは「イラクには大量破壊兵器がある」と嘘をついた。嘘をついて戦争に突入した。なぜそんな嘘をついたか? 禁酒なんかして(しかも成功して)人格がゆがんでしまったからだ。酒は百薬の長だよ大統領。お前にはビールが必要だ。そうすれば嘘もつかなくなるだろう。ブッシュよ、ビールを飲め。

 数メートル通り過ぎてから、私はやっと気づきました。この厚紙は、ブッシュ大統領にも、イラク戦争にも、共和党大会にも、関係がないのです。男性は物乞いの一人に過ぎず、厚紙に書かれたメッセージは、ほかの物乞いへの批判だったのです。

 (家が焼けたとか、エイズにかかったとか)なぜ嘘つかなきゃいけない?
 俺はビールが飲みたいだけだ

 私は「面白い!」と思いました。今まで見たことのない独創的なメッセージです。なぜか爽快でした。私は急いで引き返し、ポケットの中の小銭をありったけ、厚紙の横に置かれた紙コップに入れました。(細田雅大)

グラウンド・ゼロ あれから3年

04年09月11日

 9月11日土曜日。昨年に続き、朝早くからグラウンド・ゼロを訪れ、3周年記念式典の様子を取材してきました。去年の式典では、遺族の子供たちが犠牲者2792人の名前を読み上げました。今年は、犠牲者の父母あるいは祖父母が名前を読み上げます。

 私が到着したのは午前7時。式典開始が8時40分ですから、ちょっと早く来過ぎてしまいました。グラウンド・ゼロの周囲をゆっくりと歩いてみました。昨年とは違う場所に遺族出入り口が設けられています。徐々にマスコミも集まり始めています。グラウンド・ゼロを囲んでいる金網の前にたたずみ、目を閉じている人がいます。

 ニューヨークにやって来る知人のほとんどが「グラウンド・ゼロに連れていって欲しい」と言うので、私はたびたびこの場所を訪れます。いつ訪れても、お寺やお墓や教会といった場所に足を踏み入れた時と同じ気持ちになります。

 ゆっくりと一周し、元の場所に戻って来ると、CBSテレビのクルーが準備をしていました。スーツを着た黒人男性がマイクを持ち、テレビカメラの前に立っています。カメラマンは、ライトを点けたり消したりして、調節中です。

 彼らの近くに、一人の男性の姿がありました。きちんとしたスーツを着て、長い髪を後ろでゆわえ、もみあげ、口ひげ、あごひげを伸ばしているなかなか見栄えがする男性です。私はこの男性に見覚えがありました。「どこで会った人だろう」と考えていると、Tシャツを着て、小腹の突き出た別の男性が現れました。この男性にも見覚えがありました。Tシャツのすそには、コーヒーがこぼれたような染みが広がっています。その染みの上には「Stop the Police State」とプリントされていました。

 「警察国家化を阻止しよう」

 このTシャツを見て思い出しました。彼らは昨年もここに来ていました。「9.11のテロは、ブッシュ大統領とその仲間たちが仕組んだもの」という、一般人にとっては非常識きわまりない陰謀説を唱えている人たちなのです。

 CBSテレビの準備が整ったとみると、彼らは看板を持って、黒人リポーターの後ろに回ります。看板には「CNNよ。いつになったら本当のことを報道するんだ」などと書かれています。記念式典の厳粛な模様を取材しにきたテレビ・クルーにとっては、たまったものではないでしょう。撮影は中断され、交渉というか口論が始まりました。

 「なんでそんなところに立つんだよ。頼むからどいてくれ」
 「どこに立とうが勝手だ」
 「俺たちはCNNとは関係ないんだよ。どいてくれ」
 「何でだよ。何でどかなきゃいけないんだ」

 野次馬が集まってきました。結局、CBSテレビのクルーはいったん撮影をあきらめてしまいました。一方、見覚えのある男性2人のほか、女性1人に男性3、4人からなる陰謀説グループは、昨年と同じ「THE BUSH REGIME ENGINEERED 9-11」という大きな横断幕を持って、グラウンド・ゼロを囲んでいる群衆の方へ移動していきました。いったいどんな騒ぎが起きるのか。私は怖いような気持ちで後を追いました。

 まだ犠牲者の名前の朗読は始まっていませんでした。グラウンド・ゼロを囲む金網の外側で、聖歌隊が歌っています。群衆の中にはすでに涙ぐんでいる人もいます。そこへ陰謀説グループは進んでいきました。「God Bless America」が澄んだ声で歌われているすぐ横で、「ブッシュ政権がたくらんだ9.11」「9.11はインチキだ」という横断幕や看板が揺れているのですから、頭がくらくらします。感情的になって陰謀説グループに突っかかっていく人もいます。陰謀説グループも、もちろん言い返します。

 「その馬鹿げた看板を下ろせ!」
 「憲法修正1条を知らないのか! 言論の自由! 言論の自由!」

 「恥を知れ! 恥を! 遺族をリスペクトしろよ!」
 「リスペクトしてるんだよ! いいか、俺の仲間もここで死んだんだ!」

 口論以上の衝突になるのを避けるため、警官が間に入ります。陰謀説グループは警官にも食ってかかります。「何だ? 俺たちを逮捕するのか? 何で逮捕されなきゃいけない?」「逮捕じゃない。安全な場所へ移ってもらうだけだ」。そう言って警官たちは、グラウンド・ゼロから道1本を隔てたところへ彼らを誘導していきました。

 犠牲者の名前の朗読が始まると、沈痛な雰囲気がその場を支配しました。若い女性が2人、陰謀説グループの看板を見て、ショックのあまり、その場で泣き出してしまいました。その2人の泣き顔を見たとたん、私も泣きそうになりました。陰謀説グループ、怒らせるのはいいですけど、若い女性を泣かせるのはひどいですよね。(細田雅大)

ヒラリーが出るべきだったわ

04年11月03日

 大統領選挙が終わりました。私にとって、アメリカ滞在中に経験する初めての大統領選挙でした。前回2000年の選挙の時は日本にいたのです。フロリダ州の集計作業が長引き、法廷闘争が行われていた頃に就労ビザが発行され、その翌年早々、渡米して働き始めた頃にブッシュ大統領の就任セレモニーが行われました。

 ですから、私のアメリカ滞在は、ブッシュ政権と重なり合っています。ブッシュ政権を現在のブッシュ政権たらしめたのは、就任して1年もたたないうちに起きた中枢同時テロです。私のアメリカ滞在にも同じことが言えるのではないかと思います。

 9.11以前の私は、「アメリカで生活している」ということに無邪気に浮かれていたはずです。今も浮かれていることに変わりはないのですが、中枢同時テロで何かが微妙に変わったと思います。あの日、何が起きているのか分からないままオフィスからダウンタウンへ駆けていった私は、ツインタワー壁面に張り付きながら降りようとする人を目撃し、タワーから身を投げる人を目撃し、崩れ落ちるタワーを目撃し、その光景を見て泣き叫んでいる人を目撃したのでした。

 今回の選挙報道をいろいろ読んできて、いちばん印象に残った言葉は「polarize」です。「分裂させる」「分極化させる」という意味の動詞です。主に以下のように使われました。

 Bush is one of the most polarizing president since at least Richard Nixon.
 (ブッシュは、少なくともニクソン以来、もっとも米国を分裂させた大統領だ)

 「emotionally charged」という言葉も、「polarize」ほど使われはしませんでしたが、印象に残っています。

 This election is one of the most emotionally charged.
 (今回の選挙は、もっとも強く感情がこめられた選挙の一つだ)

 私は米国市民ではないので投票権はありませんが、それでもやはり「emotionally charged」でした。前回の選挙までは、ゴアが勝とうがブッシュが勝とうが、クリントンが勝とうがドールが勝とうが、関心はなかったのです。日本の選挙も含めて、だいたいこれまで選挙というものに関心はありませんでした(投票もしませんでした)。しかし今回は違いました。

 投票権のない私ですが、今、意外なほどの落胆を感じています。投票権のある米国市民で、ケリーに投票した人の落胆は凄まじいだろうなと思います。今朝、スターバックスでコーヒーを買うために並んでいると、私の前の白人女性が怒っていました。憤懣(ふんまん)やるかたないという感じで、店員の黒人女性に気持ちをぶつけています。

 「あと4年もブッシュに我慢しなきゃいけないなんてたまらないわ。次はヒラリーが出るべきだわ」

 店員の黒人女性は「ヒラリー」と聞いて拍手をしました。クリントン夫妻のマイノリティーにおける人気の高さを私は思い出しました。

 「今回もヒラリーが出るべきだったのよ。ほんとにもう!」と言う白人女性の鬱憤(うっぷん)は、なかなか晴れそうにありません。私はニューヨークのことしか分かりませんが、きっと中西部や南部では、同じような激しさで、ブッシュを支持する方向で「emotionally charged」だった人がいるはずです。こんなに「polarize」されてしまって、いったいこの国はどうなるのでしょう? 「そのうち分裂して、2つの国に分かれてしまうんじゃないか」と思ったりもします。(細田雅大)

こんなところに日本語

04年11月26日

 木曜日がサンクスギビング・デイ(感謝祭)で休み、そして金曜日もザ・デイ・アフター・サンクスギビング(感謝祭の翌日)ということで休みとなり、4連休の人が多いようです。

 私はかねてから計画していた通り、クィーンズ行きのAトレインに乗り、大西洋沿岸のさびれた町、終点近くのロッカウェイヘ出かけます。この時期、ロッカウェイの海岸では、ストライパー(ストライプド・バス)やブルーフィッシュなど、釣って楽しく、食べて美味しい魚がよく釣れるのです。

 よく釣れるとは言っても、実際のところは、天候次第です。波が高かったり、風が強かったりすると、釣りになりません。それどころか、下手をすれば波にさらわれ、岩場から転落し、命を失う危険があります。

 残念なことに、木曜日も、そして今日金曜日も、釣りのできない状況でした。「せっかく来たのに」と思いますが、どうにもなりません。雑草の茂った空き地の多いロッカウェイの町を眺めます。近くにある商店は、品数の少ないスーパーマーケット(実際はデリに近い)と、中華料理のテイクアウト店だけです。

 波も風も弱まりそうにありません。撤退することに決めました。わびしい風景と寒さのおかげで、悲しい気持ちが増幅されます。私はスーパーマーケットに立ち寄りました。一杯65セントのコーヒーを買うのです。店内に設置されているATMの前を通った時、一瞬、日本語が視界を横切りました。

 このあたりはアフリカン・アメリカンの住民が多い地域です。ところどころに巨大なプロジェクト(低所得者用住宅団地)が立っています。アジア人も白人もほとんど見かけません。しかしそのATMの画面には、英語、スペイン語、韓国語と並んで「カードを読ませて下さい」という日本語が表示されていました。「Swipe Your Card」の日本語訳です。

 気持ちは分かるけれど、微妙に変な訳……。「そうかい。そんなにあたしのカードが読みたいのかい。こんなに寂しい町なのにねえ。健気(けなげ)な子だねえ」となぜか女性に変身して声をかけ、頭をなでてやりたくなりました。(細田雅大)

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