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地下鉄の電池売り

02年09月07日

 ニューヨークの地下鉄には、よくホームレスが出現し、お金をねだります。ホームレスのほかには、黒人やヒスパニック系のパフォーマー、そしてアジア系の行商人などもよく現れます。

 黒人やヒスパニック系が行うパフォーマンスにはいろいろあって、私が見たものだけでも、2人組みのアカペラ、2人組みのギター、盲目のアコーディオン、ラジカセ持参の2人組みブレイクダンスなどがありました。時には、朝、オフィスに向かう時に目撃したパフォーマーを、夜、アパートに帰る時に再び目撃することもあります。

 アジア系の行商人は、4本1ドルの乾電池や、お菓子、そしてなぜかヨーヨーを売っています。私が住むクイーンズの地下鉄に現れる行商人は、「バテリ。ワンダラ」「バテリ。ワンダラ」となまりの強い英語をつぶやき、ピカピカ発光するヨーヨーをビョーンビョーンとやりながら、無表情に車両内を移動します。「Battery. One Dollar」と言っているのです。

 今朝も行商人が現れましたが、あまり見ないタイプでした。ヒスパニック系の行商人なのです。アジア系と異なり、とても陽気です。

 「グーッド・モーニング! クイーンズ!」とまずは英語で、続けて「ブエノス・ディーアス!(こんにちは)」とスペイン語で大声を上げました。

 「今日は皆さんに信じられない物をご提供します。この乾電池でーす」と言って、持っている電池を数え始めました。「全部で12本あります。この12本が何とたったの1ドルなんでーす。信じられますか皆さん。たったの1ドルでーす。信じられないでしょう皆さん! 私も、自分で自分が信じられませーん」

 「そして、もう一つご提供するものがありまーす。箱にパックされた24本の乾電池が、何とたった2ドルなのでーす。たったの2ドール」

 今、このコラムを書きながら考えてみると、12本が1ドルなわけですから24本が2ドルというのは単に倍になっただけですね。「箱」というのも、乾電池メーカーが使っている単なるペラペラの紙箱に過ぎません。しかし、地下鉄の中では、言葉の勢いに押されて何か凄い特典だと思ってしまいます。

 私は、1ドル出して12本買いました。近くに座っていた白人女性も12本買いました、買った直後に、「どうせ5分も持たないガラクタのような気がするわ」と、しかめっ面でつぶやいています。私は、「確かにそうかもな。でも、たった1ドルのことだし、コラムのネタも手に入ったから、まあいいや」と思ったのでした。

 そして、本当に5分も持ちませんでした………。(細田雅大)

陽気な陽気なホームレス

03年01月29日

 

 ブルックリンの地下鉄で、陽気なホームレスに遭遇しました。小銭の入った紙コップを手に持ち、お金をねだります。「よっ、みんな。最近寒いね」と言いながら明るく楽しげに現れたので、最初はホームレスには見えませんでした。

 「皆さんを困らせるつもりは毛頭ないよ。でも私はホームレス。やだやだ本当に。先週、私は働けなかった。ジャマイカにバケーションに行ってたのでね。いやあ楽しかった。ジャ、マ、イ、カ。ジャマイカだよみんな! ただし、クイーンズのね」

 カリブ海に浮かぶジャマイカではなく、ブルックリンの隣、クイーンズにあるジャマイカという町のことなのでした。ホームレスのおじさんを無視していた乗客の多くが「ぷっ」と吹き出しました。おじさんは、心から楽しげに「グフフフ」と笑うと、ドアのそばに立つ美しい黒人女性に目をつけました。

 「ちょっとお嬢さん。お嬢さんは奇麗だ。いやこれホント」とおじさんは言い、アカペラでラブ・ソングを歌い出しました。なかなか味のある歌声ですが、黒人女性は恥ずかしそうです。歌い終わるとおじさんは名前を名乗り、「This is from the bottom of my heart」と言いました。電話番号など教えていないはずなのに、「良かったら電話してくれよ」とも言いました。ナンパするホームレスなのです。

 おじさんは立ち去り方も洒落ていました。

 「では、皆さん。皆さんに神のご加護がありますように! 神は皆さんを愛しています。ついでに私も皆さんを愛しています。特にそこのお嬢さん」と言って、さっきの黒人女性にウィンク。「特にあなたを愛しています」(細田雅大)

地下鉄に流れるこの液体は?

03年08月06日

 本欄ではこれまでも、地下鉄の中で目撃したいろいろな出来事を紹介してきました。それらの多くは楽しいエピソードだったと思います。今日もまた地下鉄の話ですが、決して楽しいものではありません。お食事中の方は、食事を終え、十分に消化してからお読みください。かなり不潔な話なのです。

 深夜3時頃に、ミッドタウンでブルックリン行きの地下鉄に乗り込んだのでした。車内はがらがらに空いています。時間が遅いからですが、それだけが理由ではなかったかもしれません。ホームレスらしき人物が、長々と身体を伸ばして、座席で横になっているのです。

 ホームレスは、閉じていた目をぼんやり開いて私を見ると、またすぐに目を閉じました。そして、横になったまま、ズボンのチャック部分をゆっくりと触り始めました。

 ホームレスはドロドロに汚れていましたが、臭いは強くありませんでした。私はその車両のいちばん隅の座席に腰を下ろしました。仕事で遅くなったのか、あるいは遊んでいて遅くなったのか、ひどく疲れていた私はすぐにウトウトしました。

 次に目を覚ますと、目の前の床を水が流れていました。「あれ? こんな水あったかな?」と思ってその流れをさかのぼっていくと、ホームレスが横になって寝ているところから、流れは始まっています。すぐ上に、ちょうどホームレスのズボンのチャック部分がありました。

 その水が微妙に黄色っぽいことにも気づいた私は、もしかしたら「ヒィッ!」とか叫んだかもしれません。あわてて席を立ち、隣の車両に移動したのでした。私と入れ替わりに、元気良く床の水をピチャピチャやりながら、黒人の若者数人が乗り込んできました。私は若者たちを見守りながら、「知らぬが仏とはこのことだな」と思ったのでした。(細田雅大)

大虐殺のページを見せて

03年10月07日

 さて、今日もまた地下鉄の話です。そして英語力の話でもあります。ブルックリンのとある駅で、A列車を待っている時でした。ベンチに座ってニューヨーク・タイムズを読んでいると、私の隣に黒人女性の2人組みが腰を下ろしました。

 しばらく2人はおしゃべりをしていましたが、そのうち、私が読んでいる新聞に目を止めた1人が、私に言いました。

 「Can I see a horoscope section? (星占いのページ、見せてくれる?)」

 素敵な美しい2人でした。そのため私は慌ててしまいました。その上、horoscope(星占い)を一瞬、holocaust(大虐殺)と勘違いしてしまったのです。「イラクの自爆テロの記事が読みたいのか? でも、それはなんか変だ!」と思い、さらに慌てることになりました。

 星占いのことだと気づいたのは、気まずい沈黙のまま、数秒が経過した後でした。

 「星占いのページはないと思うよ」とやっと私が言うと、彼女は、新聞の第一面に印刷されている目次を確認して、「あら、本当ね」と言いました。私は「うん。星占いはないんだ」と言って新聞に目を戻しました。そして電車がやって来ました。

 電車の中で私は、自分の英語力不足について考えました。ニューヨーク・タイムズの記事を読んで、おおよその意味が分かるぐらいの英語力はあります。「それだけ英語が分かれば十分じゃないか」と思う人が多いのは知っています。「しかし!」と私は考えました。「きれいな女性にあのように話しかけられて、そこで気の利いたセリフの1つも言えない英語力に、いったい何の意味があるのか?」

 そして私は、本来ならばどのように会話は展開されるべきであったか空想しました。

 「星占いのページ、見せてくれる?」と彼女。

 「おっと星占いか。うーん、ごめんね。この野暮ったい新聞にはそんなのはないみたいだ」と私。

 「あら、ないの」

 「うん。ないんだ。駄目な新聞だね。でも僕が代わりに占ってあげよう」

 「あら、あなた、占い師なの?」

 「美しい女性専門のね。で、君の星座は何だい?」

 と、ここまで英語で順調に空想できたのですが、「星座」を英語で何と言うのかが分かりません。ニューヨーク・タイムズは読めますが、自由な空想はままならない英語力なのです。電車の中で私は、「家に帰ったらまず『星座』を辞書で確認しよう」と決意したのでした。(細田雅大)

ビートルズを演奏する黒人親子バンド

03年12月05日

 ブルックリンを走る4番の地下鉄に、ギターを手にした黒人のおとっつぁんが、娘と息子らしき2人の子供を連れて乗り込んできました。おとっつぁんがギターを持って通路に立つと、娘らしき女の子は空いている席にさっと腰を下ろしました。そして両足の間に小さなボンゴをはさみ、ギターに合わせてリズムを刻みます。女の子の弟だと思われる小さな男の子は、チップ回収係です。

 おとっつぁんが歌い出したのは、ビートルズの「I Should Have Known Better」でした。アルバム「A Hard Day's Night」の2番目に収録されている曲です。実はこの黒人家族バンド、地下鉄の中で見るのは初めてですが、路上で数回目撃しています。例えば、マンハッタンのユニオン・スクエアやタイムズ・スクエアで見た記憶があります。そしていつもビートルズを歌っているのです。

 ビートルズは黒人音楽に強い影響を受けたバンドであり(初期のカバー曲には黒人アーティストの曲も多い)、黒人バンドがビートルズを演奏しても何らおかしいことはありません。というか、あれだけ偉大な曲を残したバンドなのですから、人種など関係なく誰が演奏したっていいわけです。

 しかしなぜか私は「あ! 黒人がビートルズ演奏してる!」と感嘆してしまいます。「白人がやるのがロック」「黒人がやるのはR&Bかラップ」という人種による音楽ジャンル分けに知らず知らずのうちに毒され、ステレオタイプな見方が染みついているわけです。

 地下鉄の中でおとっつあんは、どこか微笑ましい元気な声で「I Should Have Known Better」を歌っています。その一方で、ボンゴを叩く娘はちょっとうんざりした表情です。私はつい、2人の会話を想像してしまいました。

 おとっつぁん「さあお前たち。明日、また演奏に出かけなきゃならん!」

 娘「明日はどこに行くの?」

 おとっつぁん「天気が悪くなりそうだから、外はやめて地下鉄にしようと思うんだ」

 娘「あたし、アリシア・キーズの曲が歌いたい!」

 おとっつあん「ん? アリシア・キーズ?」

 娘「(ピアノを弾く振りをしながら歌い出す)I keep on fallin' in and out of love……」

 おとっつあん「わしゃその曲は知らんし、ギターしか弾けんのだよ。ビートルズにしよう」

 娘「え~またぁ~」

 おとっつぁん「ビートルズでいいじゃないか。ビートルズで」

 娘「もう飽きた~」

 おとっつあん「お前ね、私たちはチップを稼がなきゃいかんのだよ。知ってる人が少ない曲をやってもしょうがないだろう?」

 娘「アリシア・キーズはみんなが知ってるもん!」

 おとっつあん「そりゃお前の友だちはみんな知ってるかもしれんが、チップをくれるのは大人だけなんだよ。その点、ビートルズは大人なら誰でも知ってる。白人でも黒人でもね。それに曲がいいから、誰が演奏してもそこそこいい感じになるしね。お前もビートルズが嫌いなわけじゃないだろ?」

 娘「嫌いじゃないけど、もう飽きたの!」

 息子「(それまで黙って話を聞いていたのに、姉の怒りが伝染したのか急に怒ったような調子で)僕はエミネムがいいの!」

 などと空想している間に、列車は次の駅に到着し、黒人親子バンドは下車していきました。私はあわてて1ドル紙幣を取り出し、チップ回収係の男の子が遠くに行ってしまっていたため、おとっつあんに手渡したのでした。今度、どこかでゆっくりと聴く機会があれば、なぜビートルズを演奏しているのかたずねてみようかと思っています。(細田雅大)

地下鉄と日本人カップル

03年12月05日

 「ニューヨークには地下鉄があるので、車に乗らなくても好きなところへ行ける」とよく耳にします。間違いではありませんが、鵜呑みにしないほうがいいでしょう。地下鉄が決められた通りのコースをいつも運行しているとは限らないからです。

 仕事がなかなか終わらず、オフィスを出たのが夜中の12時近くになった先日。私は、42丁目のグランド・セントラル駅で、ブルックリン・ブリッジ駅行き(南行き)の車両(各駅停車ではなく急行)に乗り込んだのでした。

 33St駅、28St駅、そして23St駅を通過し、最初の停車駅であるユニオン・スクエア駅が近づいてきた時、車内放送がありました。「現在、南行きの各駅車両は運行していません。ユニオン・スクエア駅とブルックリン・ブリッジ駅の間にある駅へ行く場合、このままこの車両に乗り、ブルックリン・ブリッジ駅に着いてから、反対方向に向かう各駅車両(北行き)に乗り換えてください」

 ユニオン・スクエア駅とブルックリン・ブリッジ駅の間には、アスタープレイス駅、ブリーカーSt駅、スプリングSt駅、そしてキャナルSt駅があります。これらの駅へ行きたければ、ブルックリン・ブリッジ駅まで行ってからUターンするわけです。英語が分かり土地勘があれば問題はないでしょうが、そうでない人がうまく対応できるとは思えません。地下鉄の車内放送は聞き取りにくいことが多いので、なおさらです。

 ユニオン・スクエア駅で若い日本人カップルが乗り込んできました。「ニューヨーク」というカタカナが印刷された観光ガイドを持っています。自信が無さそうな2人は、いったん車両内に足を踏み入れたものの、すぐに出ていきました。車内放送が繰り返されています。カップルは車両内に戻ってくると、地下鉄路線図を眺め出しました。2人の不安そうな様子を見かね、近くの男性が英語で説明をしました。

 「ブリーカーSt駅に行くには、まずブルックリン・ブリッジ駅まで行かなきゃいけない。各駅車両は走ってないからね。それから北行きの各駅車両に乗り換えること」

 どうやらカップルは、ユニオン・スクエア駅で地下鉄を待っていた間、すでにこの男性にブリーカーSt駅への行き方を尋ねていたようです。車内放送を聞いた男性は、Uターンが必要なことを知り、カップルのために車内放送の内容を繰り返してくれたのです。

 カップルはうなずいていました。しかし不安そうです。私はと言えば、横に立って悩んでいました。こういう状況ではいつも悩むのです。もしカップルが「異国の大都会で自分たちの力だけで物事を進めてみよう」と考えていたとしたらどうでしょう? もし2人が、そのためだったら多少の不便や危険さえ覚悟していたとしたら? 私が日本語で教えてしまえば、2人の意図を損なうことになります。

 不安そうなままのカップル、悩んだままの私を乗せ、地下鉄はブルックリン・ブリッジ駅に到着しました。私は下車していくカップルの様子をうかがいました。北行きの各駅車両に乗るには、隣のプラットホームへ移動する必要があります。しかし2人は、不安そうな表情でその場に立ち尽くしているだけです。

 ついに私は声をかけてしまいました。これが昼間なら放っておいたかも知れません。しかしすでに深夜12時を過ぎていました。必要なことだけをそそくさと伝え、すぐにカップルのそばを離れました。2人はさぞ「つっけんどんな男だ」と思ったことでしょう。

 ニューヨークへお越しの皆さん、どうか気をつけて地下鉄をご利用ください。そして、何か意味不明の車内放送が流れ、どこからともなく現れたベースボール・キャップの男が妙にハラハラしていたら、それは私かも知れません。日本語でしゃしゃり出てきても、笑って許してやってください。(細田雅大)

ちょっと変わった無動芸

04年02月20日

 グランド・セントラル駅でちょっと変わった芸を目撃しました。彫像になりきって微動だにしないというパフォーマンスがありますが、あれの変種です。きちんとした服装の黒人男性でした。顔面が白と黒で帯状に塗り分けられています。男性は、白い格子でできた檻(おり)の中に入っていました。

 檻の中で身じろぎもしない男性は、格子の間から両手を外に突き出しています。両の手のひらの間の空間には、赤い鳥がいます。模型の鳥が、男性の腕から伸びる白い細い棒で支えられているわけですが、今、男性の手のひらから飛び立ったばかりのように見えます。

 最初はよくある「無動芸」(こんな言い方があるのかどうか分かりませんが)の一種だと思いました。でも、男性をじっと見つめていると、ほかの「無動芸」と違うことが分かってきます。「この人、全然動かないな。本当に彫像みたいだ」と思うだけでなく、さらにイメージが喚起されていくのです。例えば……

 檻の中に閉じ込められている男。彼は悪いことをしたのだ。つまり、身分違いの恋。年老いた王様の一人娘、つまり、王女と恋仲になってしまった。王様は邪悪な魔法使いに命令し、男を白い檻に閉じ込めてしまう。バレンタインデーに王女が贈った赤いチョコ。男の持ち物はそれだけだ。男が白い檻に入ると、不思議なことに、チョコは鳥に変わってしまう。そして男は、白い檻の中から、ついに鳥を放つ……

 近づいてくる電車の轟音で、私は我にかえりました。そして、男性へのチップとするため、あわてて手持ちの小銭をかき集めたのでした。(細田雅大)

くわえタバコがかっこいいぜ

04年03月10日

 地下鉄4番線でグランド・セントラル駅に到着し、上がりエスカレーターに乗って地上階へ向っている時でした。エスカレーターの上端に、中年の黒人男性がたたずんでいました。エスカレーターに乗って上がってくる誰かを待ち受けているように見えました。

 男性の口元から白い棒がぶら下がっています。くわえタバコです。火は付いていません。タバコをぶらぶらさせて、男性は下方をじっと見つめています。「お。しぶくてカッコいいオッサンだな。俺もあんなふうになりたい」と私は感心しました。しかしそれも一瞬。エスカレーターはどんどん私を上方に運び、私と黒人男性との距離を狭めていくのです。

 男性の服はボロボロで、ひどく汚れていました。何かを静かに見つめているというよりは、焦点が合わないまま虚空(こくう)をにらみつけていました。片方の手のひらを少し前に突き出しています。エスカレーターで上がってくる人々から小銭を恵んでもらおうとしているのです。

 男性は「とおせんぼ」をしているわけではありません。しかし幅の狭いエスカレーターですから、エスカレーターを上がり切った人々は、男性のすぐ目の前を通り過ぎることになります。

 男性が物乞いであることに気づかなかったため、小銭を用意することはできませんでした。小銭をあげようかどうか考える時間すらなかったのです。男性の前を通り過ぎつつあるまさにその時、くわえタバコの動きが妙なことに気づきました。同時に、それがタバコでないことも分かりました。

 6、7センチはあったでしょうか。怖い目をしている黒人男性の鼻の穴から、粘着力の強そうな白い鼻汁がたれ、棒となってぶら下がっていたのです。(細田雅大)

地下鉄が撮影禁止に?

04年06月09日

 ニューヨークの公共交通機関MTAが、地下鉄駅構内での写真撮影を禁止する方向に動き出しています。もちろん、多くのカメラ・ファンや市民運動家は、抗議の声を上げています。日曜日には、有志一同が地下鉄に乗り、いっせいに写真を撮りまくるという抗議運動も行われました。

 MTAのウェブサイトに、交通機関利用者が従うべき規則が掲げられています。写真撮影については、これまで以下のように定められていました。

 「どのような施設・設備・車両においても、写真、フィルム、ビデオ撮影をしてよいが、照明、反射鏡、三脚など補助部品の使用は制限され得る。ニューヨーク市警から発行された有効な身分証明書を有する報道関係者には、必要な補助部品を使う権限が与えられる」

 現在、これの改定案が出されています。それは以下の通りです。

 「どのような施設・設備・車両においても、また何人(なにびと)によっても、写真、フィルム、ビデオ撮影は行われてはならない。例外は、ニューヨーク市警から発行された有効な身分証明書を有する報道関係者か、当局が書面によって正式に撮影を許可した者だけである」

 MTAによると今回の改定案は、ニューヨーク市警の提言を受けてのもので、写真撮影を全面禁止にするのは、テロリストに地下鉄の情報が漏れるのを防ぐためだそうです。

 「馬鹿馬鹿しい。ニューヨークの地下鉄の情報なら、すでにインターネットで簡単に手に入る」「パラノイアだ。ちょっと行き過ぎだ」「そんなことをしても、より安全になるのではなく、より不自由になるだけだ」という市民の声がニューヨーク・タイムズに紹介されていました。

 私も同じように思います。百歩譲って、撮影の全面禁止が「War on Terrorism」に多少は効果的であったとしましょう。それでも私は、写真を撮っても誰からも何も言われない自由を求めます。アメリカの作家ノーマン・メイラーは「なぜわれわれは戦争をしているのか」(岩波書店)の中で、「そのうち選択しなければいけなくなるだろう」と書いています。手元に本がないので正確ではありませんが、「危険の伴った自由な世界か、危険のなさを目指す不自由な世界か」という選択です。読者の皆さんはどちらを選びますか?(細田雅大)

お釣りある?

04年07月28日

 時間のある休日は、地下鉄に乗って移動するのが好きです。ニューヨークの地下鉄は均一料金の2ドル。どこにでも行けます。ブルックリンの端からブロンクスの端まで行っても2ドル。遠くへ行けば行くほど高くなる東京の電車に比べると、得した気分になります。

 路線も駅もたくさんあります。私の場合、「まだ降りたことのない駅がいっぱいある」と思うだけで、なぜか楽しくなります。初めての駅で降り、改札を抜けて、見知らぬ街へ一歩踏み出した時の気分は、なぜか最高です。

 いろいろなパフォーマーが現れるのも、地下鉄の好きなところです。パフォーマーだけではなく、物乞いやホームレスも現れて、人生のつらさを語ります。いかにもニューヨークっぽい情景です(まれに殺人者も現れるようですが、これにだけは会いたくありませんね)。

 先日、Qラインに乗ってブルックリンへ向かっていた時、ホームレスの男性が乗り込んできました。吃音(どもり)があるので、口上(こうじょう)が途切れがちです。それが同情を引いたのか、ほかの物乞いの場合よりも多くの乗客が、小銭の用意を始めたようです。

 私の目の前に座っていた若い黒人男性は、ポケットをまさぐり、1ドル紙幣を探しているようでした。しかし、どうやら見つからない様子。

 「5ドル紙幣しかないんだけど、お釣りある?」若い黒人男性は、ホームレスに小声で尋ねました。「ああ。あるよ」とホームレスの男性はこれまた小声で言い、1ドル紙幣を数えて4枚渡しました。

 1ドル紙幣がないから5ドル紙幣を渡して4ドル返してもらう。計算上は別にどこも変ではありません。しかし、物乞いがお釣りを出すのは、やっぱり何か変ではないか???

 こんな風に考え込まざるを得ないシーンに遭遇するのも、ニューヨークの地下鉄の楽しみです。(細田雅大)

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