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エミネムのビデオ「Just Lose It」

04年10月14日

 「早く11月にならんかな」と思う昨今です。というのも、白人ラップ・スターのエミネムが、2年ぶりの新アルバム「Encore」を11月16日に発表するからです。

 1999年に彼がデビューした時、白人ラッパーと聞いて思い出されるのは、ヴァニラ・アイスという一発屋でした。「白人には本当のラップはできない。ヴァニラ・アイスは中身のないインチキだった」というのが当時の通説で、私も含め多くの人が「この変な名前の白人もFake(インチキ)だろう」と思ったのです。

 しかしエミネムはヴァニラ・アイスとは違いました。出す作品はすべて先鋭的でキャッチーなものばかり。実人生を踏まえているという映画「8 Mile」にも出演し、ハリウッド制覇まで成し遂げてしまったのです。今、一番動向が注目されているポップ・スターの1人だと思います。

 そのエミネムが、新アルバム「Encore」からの先行シングル「Just Lose It」のビデオ・クリップを発表しました。それがまた騒ぎを起こしています。

 思い返せば2002年、前作のアルバム「The Eminem Show」からのシングル「Without Me」でエミネムは、エルビス・プレスリーやオサマ・ビン・ラディンに扮しました。そして馬鹿馬鹿しいドタバタを繰り広げ、一部の人々の反感を買い、私の好感を買ったのです。今度の「Just Lose It」でも彼は、著名人に扮し、フザケ回っています。

 今回エミネムが扮するのは、黒人ラッパーのMCハマーに、マドンナ、そしてマイケル・ジャクソンです。MCハマーとマドンナについてはそれほどでもないのですが、マイケル・ジャクソンの茶化しぶりは凄まじいです。整形手術を繰り返し、鼻の組織が崩壊してしまったと噂されるマイケルですが、ビデオでは、マイケルの鼻が文字通りポロッと落ちてしまいます。

 「商業的にも作品の質的にもピークを極めたのに、なぜ未だにこんなドタバタに励むのだ?」「映画『8 Mile』のシリアス・クール路線で十分やっていけるのに、なぜだ?」「こんな無駄なお笑いのために、無駄に敵を作る必要はないだろう」とも思ってしまいますが、きっとエミネムは、心からこういうおフザケが好きなのでしょう。そして私は、そんなエミネムが大好きです。

 毒舌コメディー映画「バッド・サンタ」へのオマージュともなっている新作ビデオ「Just Lose It」は、マイケル・ジャクソン側から抗議があったとかで、MTVなどはすでに放映中止を決めたようです。関心のある方はお早めにどうぞ。(細田雅大)

プリンスのビデオ「Cinnamon Girl」

04年10月14日

 もう1つ、ミュージック・ビデオの話です。大規模ツアーの成功と最新作「ミュージコロジー」のヒットで完全にメインストリームに返り咲いた感のあるプリンスが、新シングル「Cinnamon Girl」のビデオ・クリップを発表しました。このビデオはエミノムのと違って完全にシリアスです。シリアス過ぎると言ってもいいでしょう。そのため、このビデオも波紋を巻き起こしているようです。

 いろいろなスタイルの音楽を作り演奏するプリンスですが、彼の曲を思いっきり大きく分けると、(1)ファンク、(2)スローなバラード、(3)シンプルなロックの3つになると思います。「Cinnamon Girl」は(3)に当たります。軽快なメロディーの聞きやすいロック・ナンバーです。ところが歌詞の方は、曲と違って、たいへん重苦しい内容なのです。ちょっと訳しにくいところもありますが、一部を訳してみました。

 ♪バビロンで戦争の太鼓が打ち鳴らされ
  シナモン・ガールは祈り始める
  僕はそんな祈りをこれまで聞いたことはなかった
  あの日より以前は、聞いたことがなかった
  (略)
  シナモン・ガールは遺伝的に混じり合った女の子
  肌の色による区分けの意味なんて知らなかった
  911がすべてをひっくり返し
  あの犯罪は彼女のせいだと非難された♪

 ビデオの主人公は、映画「Whale Rider」(邦題:クジラの島の少女)で主人公の少女を演じたケイシャ・キャッスル=ヒューズ。彼女が自転車に乗って登校し、明らかに中枢同時テロを思わせる大きな事件を目撃するところから、ビデオは始まります。事件後、彼女を見るクラスメートの目つきが変わります。あの大きな事件を起こしたのは彼女だと言わんばかりの態度なのです。クラスメートにいじめられ、彼女は学校から逃げ出してしまいます。

 ここまでだけでもプリンスのビデオ・クリップとしては異常に政治的かつ現実的なので、長年のファンとしては驚かざるを得ないのですが、ビデオの後半はさらに過激になります。なんと主人公の少女はテロリストに変身し、爆弾を持って空港へ行き、自爆テロを敢行しようとするのです。

 外見や曲調から想像されるのとは裏腹に、プリンスがすごく真面目で真剣な人だということは分かっていましたが、ここまでだったとは……。でも、だからこそ私はプリンスが好きなのでしょう。コンピュータ画面に現れる小さな枠内で見ているので、細かいところは分かりづらいのですが、このビデオに出てくる町並みや建物はすべて手書きの絵だと思います。かなり美しいビデオ作品になっているのではないでしょうか。時々登場するプリンスも相変わらずの格好良さです。(細田雅大)

ボブ・ディランのコンサート

05年05月04日

 土曜日、ボブ・ディランのコンサートに行ってきました。場所はアッパー・ウェストサイドのビーコン・シアター。前座は、Amos Leeという若いシンガーと、Merle Haggard and the Strangersというカントリー・バンドでした。ボブ・ディランは、ビートルズ、ローリング・ストーンズに匹敵する伝説のミュージシャンです。私にとって彼のコンサートは初めてなこともあり、かなり印象深い経験となりました。

 まず、観客の平均年齢が高いことに気づきました。そして、ほとんど全員が白人です。60年代から70年代にかけて、ディランをリアルタイムで経験した世代が7割を占めていたのではないでしょうか。彼らの多くが「ボビー」「ボビー」と声をかけています。「そうか。ボブじゃなくてボビーと呼ぶのか」と知り、私は得した気分になりました。

 見たところ、彼らは2種類に分かれています。まず、ディランを懐メロシンガーの1人として捉えている人たちです。彼らはお酒を飲んで酔っぱらい、実に楽しそうです。演奏中でも、連れと大声で笑い合ったり、酒を買いに席を立ったりしています。調子の良い曲になると、立ち上がって踊ったりします。

 一方で、ディランの崇高なメッセージを一語たりとて聞き逃すまいという態度の人たちもいます。彼らは酒を飲まず、ほとんど笑いません。じっとディランを見つめています。一曲終わると、ふぅーとため息をついたりします。演奏中、大声でしゃべっている人たちを「シャーラップ!」と一喝したりもしました。

 多数派なのは前者です。彼らの中にはマリファナを吸う人もいました。例えば、私のすぐ前の席の熟年カップルです。この2人、ほとんど音楽を聴いていません。カントリーっぽい曲になった時だけ、「イェーイ、ボビー!」とか言って手を挙げたり、肩を揺すったりしています。それ以外はおしゃべりのしっぱなしです。こんなところに来てまで何をそんなに話す必要があるのか、お互いの耳に口を寄せ合っては笑っているのです。そのうちマリファナを吸い出しました。いやあ、その副流煙の凄いこと凄いこと(2人はマジメ派の客から注意を受けました)。副流煙のせいで、私もトリップしてしまうところでした。

 さて、ボブ・ディラン本人はどうだったでしょうか。実はこれが私にはよく分からないのです。まず、年を重ねるごとに凄まじくなるあのダミ声です。CDで聴く分には最高なのですが、コンサート会場の大音量で聴くと、何を歌っているのか聴き取るのが非常に困難です。まるで工事現場の掘削機のようなのです。「ガガガガ・ゴゴゴゴ・グガガグガ」と歌っているのです。

 前奏のメロディーを聴いて「あ、これはあの曲だな」と分かる時もあります。しかしディランの場合、CDとはメロディーや演奏の仕方を変えてある曲の方が多いのです。その上にあのダミ声。何を歌っているのか分からない曲ばかりでした。

 ですから私は翌日、公式ウェブサイトで演奏曲目を調べてみました。ディランのサイトは充実していて、翌日にはもう曲目が紹介されているのです。そして驚きました。なんと、私の大好きな「If You See Her, Say Hello」を演奏していたではありませんか!

 そのほかにも驚いたことがあります。ボブ・ディランといえば、やはりギターとハーモニカを連想します。しかしコンサートでは、時々ハーモニカは吹いたものの、ギターはまったく持たず、ずっとキーボードを弾いていました。バンド・メンバーを紹介した時以外は喋ることもなく、ただキーボードを弾き、歌っていたのです。彼がまったくギターを弾かないコンサートというのもきっと珍しいでしょうから、今では「いいものを観たなあ」と思っています。

 それにしても、「If You See Her, Say Hello」にはなぜ気づかなかったのでしょう? 不覚です。やはり副流煙でトリップしていたのかも知れません。(細田雅大)

作曲家・弾厚作

05年08月

♪風にふるえる 緑の草原
たどる瞳かがやく 若き旅人よ♪

 いや~、つい歌ってしまいます。なんて素晴らしいメロディーなんでしょう。大らかで、ストレートで、優しくて、のびのびしていて。

 

 引用したのは、弾厚作(だんこうさく)という人が作曲し、映画スターの加山雄三が歌ってヒットした1966年の「旅人よ」という曲の冒頭です。

 10月に加山雄三さんがニューヨークとロサンゼルスで、デビュー45周年記念コンサートを行うことになりました。その記者会見を取材するとともに、1対1のインタビューまでさせていただいた私の頭の中では今、“若大将メロディー”が鳴り響いています。仕事中、いつの間にか口ずさんでいたりしますから、気が抜けません(?)。

 10月のコンサートの内容と記者会見の模様については、雑誌「U.S. FrontLine」8月4週号に書いていますので、ぜひ御覧になってください。ここでは、1対1のインタビューで聞き出した「作曲家・弾厚作の秘密」に焦点を当てたいと思います。

 さて、弾厚作とは誰でしょう? 子供の頃の私は、たいへん気になりました。加山雄三の一連のヒット曲、「旅人よ」とか「お嫁においで」とか「君といつまでも」が発表された時、私はまだ1歳にも満たない乳児、もしくは母の腹にいる胎児だったわけです。しかしその後、これらの名曲群をいたく気に入り、「こんなメロディーを誰が作ったのだろう」と思って調べてみたのです。すると全曲、弾厚作という人物が作曲していることが分かりました。

 「弾厚作って凄い人だな」と思ったわけですが、その後、驚愕の事実を知ることになるのです。なんと弾厚作とは、加山雄三のペンネームでした。あれらの名曲群は、加山雄三が自分で作曲していたのです。作詞も作曲もしない「アイドル歌手」という人たちが存在しますが、それまでの私は、加山雄三もそういう歌手の1人だと思っていたのです。

 さらに、弾厚作という名前は、團伊玖磨(だんいくま)と山田耕筰(こうさく)という大作曲家の名前から取ったもの、という話も伝わってきました。その豪快さというか、いい加減さというか、素敵な洒落っ気にもしびれた私は、以来、加山雄三先生(?)を尊敬するようになったわけです。

 そこで、せっかくの1対1のインタビューなので、一般読者の関心などは最初から無視し、個人的に聞きたいことだけを聞いてしまいました。日系メディア数社のインタビューを連続して受けた加山さんは、少々お疲れの様子でしたが、どんな質問にも快く答えてくれました。以下、その内容を抜粋して紹介します。

インタビュー「作曲家・弾厚作に聞く」

 細田「先日の記者会見では『最初で最後のニューヨーク公演』とおっしゃっていましたけど、加山さんくらいになれば、毎年コンサートできるんじゃないですか?」

 加山「そうですかねぇ……。それが僕には分からないんですよ。ニューヨークというところの音楽やアートに対する厳しさは、凄いと思うんですよね。僕はあくまで、音楽は趣味でやってきた人間なんです。そんな人間が、死に物狂いで這い上がって頂点に立った人たちがやる場所でできるっていうのは、ただ45周年記念だからに過ぎないんですよ」

 細田「でも私は、加山さんのメロディーは独特だと思いますよ。大らかで、優しくて。たぶんそれは、加山さんが職業としてではなく、あくまでも趣味として音楽を捉えているからだと思うんです」

 加山「ああ。それはその通りだと思いますね」

 細田「弾厚作っていう名前は山田耕筰と團伊玖磨から取ったものと聞いて、子供の私はすごく驚いたというか、あきれたんですけど、それは本当なんですか?」

 加山「(笑いながら)ちょっと違うんですよね。僕はおばあちゃんっ子だったんですけど、おばあちゃんが僕の芸名を付ける時に、いろいろ名前を持ってきてくれましてね。その中から『加山雄三』を選んだんです。次に、音楽で著作権登録をする時にも、またおばあちゃんが名前を5つ持ってきてくれたんです。いろいろあったんですけど、『弾厚作』ってのを見た時に、『ああこれは面白いな。僕は山田耕筰先生も團伊玖磨先生も尊敬してるし』ってことで決めたんです」

 細田「加山さんが歌手であることは若い読者も知っていると思いますけど、作曲家であることはあまり知られていないと思います。私は加山さんは日本有数のメロディー・メーカーだと思いますから、記事では『作曲家・弾厚作』をプッシュしますよ」

 加山「嬉しいなあ。僕はね、メロディー・メーカーって言われるのが、いちばん嬉しいんですよ。メロディーは、時代も、年齢も、国境も越えられるはずです
からね。作曲家としての僕の望みもそれです。すげえ嬉しいです」

 細田「歌手としての加山さんは、ペリー・コモとかに憧れたと思うんですが、作曲家・弾厚作はどんな人に憧れたのでしょう?」

 加山「曲の良し悪しということで言えば、クラシックの作曲家っていうのはみんな凄いと思うし、今の映画音楽でいうと、ジョン・ウィリアムズだっけ? スター・ウォーズの? 凄いメロディーを作るなぁと思いますね。映画のイメージを音でもって表現できちゃうのは凄いと思うな。今いちばん尊敬できる人だと思いますよ」

 細田「たしかスティーブン・スピルバーグは『私が作る映画では観客は泣かない。観客を泣かせるのはジョン・ウィリアムズの音楽だ』って言ったんですよ」

 加山「僕もまったくその通りだと思うな。僕は子供の頃から『音人間』だったんですよ。ベートーベンのピアノ・コンチェルトで涙流す奴はあまりいないと思うんだけど、なんでか知らないけど、ポロポロ涙が出てきてね。オフクロもね、『あんたは赤ん坊の頃から、私が子守唄を歌うと泣いて、ジャズをかけるとすぐ寝たのよ』って言ってたんです。明るいメロディーが好きだったんですね」

 細田「加山さんの場合、メロディーっていうのは、『これから作るぞ』って力んで作るものじゃなく、自然と浮かび上がってくるものなんですか?」

 加山「そうなんですよ。トイレの中で出てくることもあれば、床に入ってから出てくることもあります。『このメロディー、聴いたことないなあ』と思ったら、すぐにピアノかギターのところに行って弾きますね。電車の中で出てきた時は、紙に5線を引いて、ちゃっちゃっと書いたりしますよ」

 細田「やっぱり根っからのメロディー・メーカーなんですね。ポール・マッカートニーのエピソードを思い出しました。彼も寝てる時に『イエスタデイ』のメロディーが全部一気に出てきたらしいんですよ。それで、ほかのメンバーに『このメロディー聴いたことある?』って確認して回って、やっと『どうやら自分が作曲したようだ』と納得したらしいです」

 加山「へええ。いやあ、ポールがそんな作り方をしてるってことは初めて知りましたよ。彼らには実際に会っているんだけどね……」

 という感じで話は続き、1966年のビートルズ来日時、加山さんは彼らと一緒に遊び回り、スキヤキの食べ方を教えたというエピソードが披露されました。しかし、だんだんと音楽の話から離れていきますので、インタビュー紹介はこのへんで。

  音楽ということで思い出しましたが、今週発行された「U.S. FrontLine」8月3週号は、音楽ファンの方は必読ですよ。題して「アメリカで聴く世界の音楽」。ブルックリンのアフリカン・ドラム集団演奏に参加した私のリポートのほか、ロスで聴くアルプス&ペルシャ音楽、そしてニューヨーク・タイムズの音楽評論家による「ワールド・ミュージックCDガイド」が付いています。どうぞお楽しみください。(細田雅大)

マッシュ・アップ

05年08月24日

 土曜日、マンハッタンとクイーンズの間、イースト・リバーに浮かぶランドールズ・アイランドに行ってきました。「史上最大級のマッシュ・アップ」と宣伝された巨大コンサート、AmsterJamを観てきたのです。

 最近、マッシュ・アップ(Mash Up)という言葉をよく聞きます。辞書で調べたところ「すりつぶす」という意味になるようです。独自の音楽性をもつ2組のアーティストが、お互いの音楽を持ち寄り、すりつぶし、混ぜ合わせ、交配させ、あわよくば「新種誕生!」にまで至らせようという企画のようです。有名なところでは、ラップ・ロックのリンキン・パークとラッパーのジェイ・Zが発表したアルバム「Collision Course」があります。

 一方、アーティストの知らないところで、DJが勝手にマッシュ・アップ作品を作り、著作権上の問題が起きることもあります。デンジャー・マウスというDJが、ビートルズの「White Album」とジェイ・Zの「Black Album」を混ぜて作った「Grey Album」が有名ですね。

 AmsterJamでは例えば、レッド・ホット・チリ・ペッパーズとスヌープ・ドッグの音楽が生演奏でマッシュ・アップされました。凄い組み合わせです。まず自分たちのセットを交互にやり、その後、一緒にステージに出てマッシュ・アップするのです。そのほか、ワイクリフ・ジョンと311、ガーベッジとピーチズという組み合わせもありました。

 この3組だけで「もうお腹いっぱい」という気がしますが、ほかにもまだまだアーティストが登場しました。公園の両端に大小2つのステージがあり、お昼過ぎから夜の11時頃まで、延々とコンサートが続くのです。例えば小ステージには、アンティバラス、フィッシュボーン、DJグランドマスター・フラッシュなどが登場しましたが、大ステージ前にいた私は、泣く泣く彼らの演奏をあきらめねばなりませんでした。

 AmsterJamは、ハイネケンが主催している21歳未満は入場不可のコンサートです。チケットは税込みで約55ドル。会場内では盛大にビールが売られています。また、ここぞとばかりマリファナを吸う人たちもかなりいます。ときどき危険な雰囲気になります。私が見ただけでも、殴り合いが2件、ラリッたのか、人ごみの中で急にダッシュを始めた半裸の男の取り押さえ事件が2件ありました。ゲロを吐きながら歩いている人もいました。

 会場内には十分な数のゴミ箱が用意されていないため、空き缶やコップ、そのほかのゴミがそこら中に散乱することになりました。そのうち、腰を下ろす場所を作るためには、ゴミを払いのける必要が出てきました。いつの間にか私のシャツには、べったりと黄色いマスタードが付着しています。

 そのようにして豪華な前座を聴きながら待つこと約8時間。お昼過ぎにまず聴いたファット・ジョーのラップがはるか遠い昔の出来事に思われた頃、長々と続いたステージのセッティングが終わり、やっとこさスヌープ・ドッグが登場したのです。

 いやあ、スヌープのライブは素晴らしかったですね。観客の大部分はかなり疲れていたと思うのですが、一気に蘇りました。ラッパーとしては珍しく、2人のDJのほか、生ドラム、生ギターもいるステージでした。スヌープは元気いっぱいです。「クラシック・スヌープを聴きたいかい?」と煽ってから、2大名曲「Nuthin' But a "G" Thang」「Deep Cover」を連射したり、50セントのヒット曲「P.I.M.P.」をカバーしたり、「Smoke weed everyday」というライム(ラップの歌詞)に合わせてステージでマリファナを吸ったり。

 次に出てきたレッド・ホット・チリ・ペッパーズも良かったのですが、アンソニー・キーディスのボーカルが、スヌープに比べたらやや弱い感じは否めません。とはいえ、「Scar Tissue」「Otherside」などの名曲には誰もが大感動です。終盤、ダンサブルな「Give It Away」に突入すると、AmsterJamの総合司会、星形サングラスがトレードマークのブーツィ・コリンズがベースで参加。スヌープも再び現れ、マッシュ・アップ開始です。

 それにしてもスヌープには華がありました。観客の視線をすぐ自分に集めてしまうのです。CDでは彼の声は細く聴こえますが、ステージでは強く響き、よく通ります。延々と続くレッチリの演奏に即興のラップをかぶせたり、「Come on!」「Put your hands in the air」と叫んで観客を煽ったり。最後は、「ゲロッパ」で有名なファンクの名曲、ジェイムズ・ブラウンの「Sex Machine」でしめくくられました。凄かったですよ。でも、演奏が終わったのは夜の11時過ぎ。かなり、へとへとになってしまいました。(細田雅大)

アフリカン・ドラム集団演奏

05年08月

 地図で見るとプロスペクト・パークは、ブルックリンの中央部に位置する大きな公園だ。

 公園の西にはパーク・スロープ地区が広がっている。優雅な界隈で、洒落たレストランがあり、家賃は高く、白人の住民が多い。

 一方、公園の東にあるのはフラットブッシュ地区。路上にはゴミが散乱し、中華料理のテイクアウト店が多い。家賃は安く、マイノリティーが多く住む。公園の東側で散歩したり、バーベキューしたり、壊れかけのベンチに腰掛けたりしているのは、黒人やヒスパニック系がほとんどだ。

 その東側に、ドラマーズ・グローブはある。

 数年前、陽気なカリブ・黒人文化と月615ドルという家賃に引かれ、公園の東に越してきた私が、ドラマーズ・グローブを発見するのに時間はかからなかった。

 すっごい大音量なのである。

 集団で叩かれる打楽器が強力なリズムを生み出し、近くを通る者の耳を襲い、腰を揺らし、身体をくねらせ、表情をうつろにさせる。ジョギングしていた人がコースをそれたかと思うと、ふらふら近づいてきて、いきなり踊り出したりもする。

 何が何だか分からないうちに私も、ドラマーズ・グローブを囲む群衆の一人となっていた。

 ポリリズムというのだろうか、十数個のドラムによる複数のリズムが、渾然一体となって生み出す音楽的快感だ。

●始まったのは60年代

 冬期を除いて毎週日曜日、午後2時くらいから日没後まで、ドラマーズ・グローブでは、大規模なドラム・セッションが繰り広げられる。

 公園当局の資料によると、集団演奏が行われるようになったのは1968年のこと。今年で38年目になる歴史あるイベントだ。コンゴ・スクエア・ドラマーズという一団が内々に集まり、演奏したのが始まりだという。

 その後、日曜日ごとのセッションは次第に大きくなり、近隣に住むさまざまなミュージシャン、ダンサー、そしてアフリカの物産を売る露店業者を巻き込んでいった。公園当局は、この場所を「Drummer's Grove」(ドラマーの木立という意味)と名付け、ダンスフロアとなる中央の空き地を取り囲む形で、椅子を備え付けた。

 公園が認める公式なイベントになったとはいえ、その本質は今でも変わらない。気の向いた者がやって来て、気の向くままに叩く。誰でも自由に参加してよい。

 今回の取材のため、私は6月中旬から毎週、ドラマーズ・グローブに顔を出した。毎週やって来る常連プレイヤーもいれば、「参加させてもらっていいのかな?」という感じで控えめに演奏に加わる新顔さんもいる。プレイヤーには圧倒的に黒人が多く、アフリカの民族衣装に身を包んでいる人も少なくない。白人やアジア人も少数だが存在する。彼らにもやはり「参加させてもらっていいのかな?」という雰囲気がある。とはいえ、演奏が進み、汗ダラダラ状態になった頃には、そんな遠慮はどこかに消えてしまう。

 まず誰かがリズムを刻み出す。それに合わせて叩き出すプレイヤーもいれば、「わしゃ叩きませんよ!」といった感じで、いっこうに手を動かそうとしない頑固なプレイヤーもいる。いっせいに集団演奏になだれ込むリズムがある一方で、決してそうはならず、数十秒で立ち消えてしまうリズムもあるわけだ。

 いったん集団演奏に突入すると、少なくとも5分以上、長い場合は15分ほども演奏は途切れない。「15分も? それは長い」と驚く人もいるだろう。しかしこの長さがいいのだ。浸つかれば浸かるほど気持ち良くなる温泉に似ている。音の固まりが身体を直撃する。じっくり揉みほぐしてくれる全身マッサージのような気持ち良さだ。

●セネガルのベルを買って、ついに参加

 最初はただ聴いていただけの私だが、取材開始後3週目、ついに自ら楽器を手に取ることにした。「この魅力を探るには、演奏する側に回る必要があるのでは?」と思ったのである。

 写真撮影も行う私には、別の思惑もあった。撮られるのを嫌がるプレイヤーだってもちろんいる。演奏する側に回り、いわば「身内」になれば、撮影させてくれるのではないかと期待したのだ。

 いちばん多く叩かれているのは、ジャンベと呼ばれるアフリカン・ドラムだ。まず、このドラムを考えた私だが、これまで弾いたことのある楽器と言えば、ギターとウクレレだけ。ともに弦楽器であり、打楽器の経験は皆無だ。両手を使い、ドラムの中央と端を叩き分けて音程を変えるジャンベは、初心者である私には、荷が重い気がした。

 何人かカウベルを叩いている人がいる。文字通り、もともとは牛の首につける鈴であった楽器だ。鉄製の鈴を棒で叩き、コンコン鳴らすのである。「カウベルってどんな音?」という人は、ローリング・ストーンズの「ホンキー・トンク・ウィメン」を聴くといいだろう。冒頭、コンコン鳴っているのがそうだ。

 「カウベルなら何とかなるのでは?」

 そう思った私は、さっそく調査開始。セネガル移民のドラム職人が経営する店がブルックリンにあることを突き止め、ほかの仕事を一切投げ出して足を運んだ。しかし、気のいいそのドラム職人、イブラヒマ・ジョハネさんは「カウベルは置いてない」と言う。

 「カウベルはないけど、ベルならあるよ」

 「ドラマーズ・グローブでの演奏に仲間入りしたいんだけど、そのベルでいい?」

 「音楽を体験したいだけなら十分さ。でも、ドラムを学びたくなったらいつでも教えてあげよう」

 そう言われて私が買ったのが、セネガル製の(正確に言えばセネガルから移民してきたドラム職人が作った)ベルである。一見、鉄クズを溶接しただけに思える40ドルの逸品だ。

白人プレイヤーにコツを教える黒人プレイヤー。人種の壁は低いです

上の2人が叩いているのが、カウベルです

何かの鉄の部品を叩いて踊る人も

顔にペイントして踊る少女。とてもキュート

細田が購入したベル。40ドルの名品

●叩きながら、踊り踊らせる快感

 そして集団演奏に参加した。

 「1本のスティックで叩くだけだから簡単だろう」と思っていたが、案外難しい。「コンコン」という具合に音の伸びないカウベルと違い、セネガル・ベル(私が命名)は「キーンキーン」という具合に伸びてしまう。まず、これに戸惑った。

 試行錯誤し、やっと解決法を発見。叩いたスティックを、そのままベルから離さなければいいのだ。打楽器の経験者には当たり前の技術に違いない。これで「キンキンキン」という歯切れの良い音になる。

 集団演奏のリズムからズレてはいないが、どうもしっくり来ない。しばらくそういう状態が続いた。叩き方を変えながら続けているうち、感動の瞬間がやって来た。なぜ、いつ、そんなことになるのかは、私の音楽の才能では分からない。時々、すぽっと全体のリズムに一体化してしまうのだ。

 ベルを持って参加するようになって3週目には、私のキンキン音に合わせて踊る人も出現した。黒人女性が恍惚とした表情をたたえ、目の前で踊っている。私も踊った。ドラムと違ってベルの場合、叩きながら踊ることができる。踊り踊らせるめくるめく快感だ。

 このままずっと続けてもかまわない。体力の続くまで叩きたい。そう思いながら私はベルを叩き続けた。(細田雅大)

マサヒロと音楽工場

06年03月21日

 プリンスの新作アルバム「3121」を、発売日の今日、さっそく買いました。2004年の「Musicology」以来の新作です。インターネットで既に流出していたため、全曲を聴いてはいましたが、それでも、アルバムが手に入るのは嬉しい。昨夜は日本代表チームもWBCで優勝しましたし、プリンスの大ファンの私としては、正月とクリスマスが同時にやって来た気分です。

 さて、予告されていた通り、新作アルバム「3121」では、映画「チャーリーとチョコレート工場」方式のプレゼント企画が行われています。監督ティム・バートン&主演ジョニー・デップの黄金コンビで昨年リメイクされたこの映画、デップの変態演技が絶妙です。私は大好きなのですが、どうやらプリンスも、かなりいかれてしまったみたいです。

 映画では、デップ演じる不思議なチョコレート工場主、ウィリー・ウォンカが、世界中で販売される自社商品のうち、5枚にだけ“ゴールデン・チケット”を封入するのです。チョコを買い、包装紙を開いて、運良く“ゴールデン・チケット”を手に入れた子供は、ウォンカのチョコレート工場に招待されます。

 これと同じことを、プリンスは「3121」でやっています。CDカバーの内側に、7枚だけ“パープル・チケット”が入っているのだそうです。運良く“パープル・チケット”を見つけた場合、プリンスの自宅に招かれ、プライベート・コンサートを観ることができるのだとか。「チョコレート工場」と違って、招待の資格があるのはアメリカ在住者だけのようですが、アイデアは完全に同じですね。

 ということで、私はドキドキしながら、CDの包装シールを破り、カバーを開いてみましたが……。

 残念ながら、ハズレ!

 でも、当たらなくて良かったです。もしプリンスの家に招待され、彼と何か話すことになっても、緊張のあまり何も話せませんから。

 さて、プリンスの他のアルバムと同様に、「3121」にも、全曲の歌詞を印刷したブックレットが入っていました。このブックレットで使われている写真がどうやら、プリンスの家の内部を撮影したもののようです。同僚に見せたところ、「……これってラブホ?」という反応が返ってきました。巨大なハート形の鏡が壁にかけられていたり、照明はもちろん紫色だったりで、プリンスの趣味が全開です。

 この家に、全米各地から7名が集うわけです。異常にシャイだと言われるプリンスは、果たして大丈夫なのでしょうか? やって来る招待客は、プリンスの大ファンに違いありません。彼らは、憧れの大スターを前にして、緊張のあまり、何もしゃべれなくなるのではないでしょうか。私だったら、絶対にそうです。なるべく話さなくていいように、プリンスを避けるかもしれません。

 そして、プリンスもシャイなわけです。自分が招待した客とはいえ、見ず知らずの人間とそうそうスムーズに会話を始められるとは思えません。招待客7人、そしてプリンスが、お互いにじっと見つめ合い、長く黙り込んでいる状況を想像すると、気の毒なような、おかしいような気がしてきます。

 そして、アメリカは移民の国です。招待客7人が、もし十分に英語を話せなければ、いったいどういう事態になるのでしょう。プリンスと招待客が、お互いに勇気を振り絞って話し始めても、英語がうまく通じません。ですから、また黙り込みます。ただ時間だけが過ぎていき、プリンスは、急にいなくなってしまいます。かと思うと、ギターを持って急に戻ってきて、あの狂ったニワトリのような奇声をいつもより鋭く上げ、ついに演奏開始……。

 ぜひその様子を観てみたい! どこかのテレビ局が、リアリティー番組に仕立て上げてくれないでしょうか。(細田雅大)

ブライアント・パークの早朝ライブ

06年06月16日

 マンハッタンのオフィス街にあるオアシス、ミッドタウンのブライアント・パークでは、いろいろな催しが行われます。夏になると毎週月曜日、巨大スクリーンで名画が無料上映されますし、冬になるとスケートリンクが設営され、すいすい滑って楽しむことができるようになりました。

 今朝は早くから「GMA Summer Concert Series」が行われました。これは、ABCの朝のテレビ番組「グッドモーニング・アメリカ」が、番組内で中継する野外コンサートです。今日の出演アーティストは、なんとプリンスでした。

 私がブライアント・パークに着いたのは6時20分くらいでしたが、すでに行列ができていました。こんな早朝から集まるのは、やはり筋金入りのファンばかりのようです。私の周囲でも、「雑誌ローリング・ストーンが新アルバムに4つ星を与えているが、あれはどう考えても5つ星だよな」「俺はいっぱいビデオを持っていて、ラブセクシー・ツアーの時のビデオもあるんだぜ。ふふふ」とか、マニアがここぞとばかり語っています。

朝の6時20分なのに、もう行列です

 あらためて気づきましたが、ファン層は本当に多様です。さすがはプリンスだと思います。ざっと見たところ、白人・黒人が半々。男・女も半々。人種ごとに聴く音楽が分かれがちなアメリカで、その垣根を越えようとしてきたプリンスのキャリアの成果でしょう。例えばボブ・ディランのコンサートに行ってみてください。ほとんど白人しかいません。

 約1時間が経過して、やっと公園の内部へ入れました。ずっとリハーサルが続いていたため(最新アルバム収録の「Get on the Boat」を練習していました)、公園に入れないうちにコンサートが始まってしまうのではないかと焦っていましたが、実際にコンサートが始まったのは、それからさらに1時間10分後の8時30分でした。

1時間ほど外で並んでから、やっと公園内へ

 今回初めて参加したので、いつもこうなのか分かりませんが、「グッドモーニング・アメリカ」の司会者がステージで何か話し出しても、ほとんど何も聞こえません。いつもこうなのか、それとも今回、音響に不備があったのでしょうか。

 そのうち、バンドが登場。パーカッションはシーラEです。プリンスはステージの真ん中ではなく、端っこにいます。バックアップの女性シンガーが2人。そして、今、プリンスの寵愛を一身に受け、8月にデビュー・アルバムを出す予定の女性シンガー、テイマーも加わり、コーラスの女性は計3人になっています。よく見たらドラマーも女性。女性比率の高いバンドです。

 写真に、かろうじてプリンスが写っています。空色のシャツを着ているのがプリンスですが、分かりますでしょうか。

ステージのプリンスが見えますか?

 まず1曲目は、リハーサルからそのままの「Get on the Boat」。ラテン・フレーバーの陽気なファンクが、朝なのに既に強い日差しによく合っています。しかし、やっぱり音が小さい!

 1曲終えたら、すぐにバンドは引っ込み、プリンスだけ残って、ギターを弾きながらサウンド・チェックをしています。そして2曲目。これは、8月に出る予定のテイマーのデビュー・アルバムからの曲でしょうか。ブルージーなプリンスのギターに乗って、テイマーがシャウトしています。かっこいい曲です。全面的にプリンスがプロデュースしているはずのテイマーのアルバム、私が発売日に購入するのは、毎朝、太陽が東から昇るのと同じくらい確実です。

 またバンドは引っ込み、そして出て来たと思ったら、次は最近のライブではお約束の「Let's Go Crazy」。1984年のメガヒット・アルバム「Purple Rain」の1曲目ですね。周囲の女性が全員、「ゴー・クレイジー、ゴゴゴ、ゴゴゴー」と合唱を始めます。プリンスが「アウア!」と奇声を上げると、「アウア!」と叫び返したりして、非常に嬉しそう。

 コンサートは、なんとこの3曲で終了しました。司会者が出てきて、これで終わりだと告げたようです。しかし、誰も文句を言いません。「まぁしょうがないか」という感じで帰っていきます。無料コンサートですし、それに何と言ってもプリンスですからね。たとえ1曲しか演奏せずに帰っても、恐れ多いので、ファンなら誰も文句は言いません。

シャツにプリンスの美麗な絵を描き、それを額縁に入れて持ってきた女性です。この女性自身もたいへん美麗だったため、会場内の一番人気となり、写真撮られ率No.1でした

プリンスのためにパープルで統一してきたおばさまです。ここまでやったのなら、バッグもパープルにすべきでしたね

1989年の映画「バットマン」のサントラのプロモ・ビデオで、プリンスがほどこした顔面塗り分けメイクを自分の顔で再現していると思われる女性です。あまりにもマニアックなので、会場のプリンスファンですら、ピンと来ていなかったでしょう。私はすぐ分かりましたけど

 さて、来週は、ヒップホップ・ソウルの女王、メアリー・J・ブライジが登場します。私は行きませんけど、これからもけっこう大物が出る予定ですので、このコンサート・シリーズ、早起きが苦手でない人にはおすすめです。詳細はブライアント・パークのウェブサイトでご確認を。(細田雅大)

ボブ・ディランのラブソング

06年09月01日

 ボブ・ディランの5年ぶりの新作「Modern Times」を聴いているのですが、1曲目の「Thunder on The Mountain」の歌詞を読んだ私は、「さすがだぜ!」と叫んでしまいました。なぜかというと、いきなり、こんなことを歌っているのです。
 


 I was thinking about Alicia Keys, couldn't keep from crying
 When she was born in Hell's Kitchen, I was living down the line
 I'm wondering where in the world Alicia Keys could be
 I been looking for her even clear through Tennessee

 アリシア・キーズのことを考えていたら、どうしても泣けてきたんだ
 彼女がヘルズキッチンで生まれた時、俺はもういいオッサンだったんだけどな
 いったいアリシア・キーズは今、どこにいるのかなあ
 はるばるテネシーくんだりまで彼女を探しにいったんだけど

 


 ボブ・ディランはもちろん白人(ユダヤ人)ですし、アメリカにいる彼のファンのほとんども白人ですが、本人は大の黒人音楽好きです(自伝「Chronicles Vol.1」によると、ヒップホップも大好きだそうです)。このあたりの構造は、ビートルズやストーンズと同じです。

 そしてディランの場合、どうやら、黒人女性好きでもあります。最初の奥さんは白人のモデルですけど、結婚する前には、ステイプル・シンガーズの歌姫、若きメイヴィス・ステイプルズと付き合い、プロポーズしたりしています。

 またディランは、最初の奥さんと離婚した後はずっと独身であることになっていましたが、実は自分のバックシンガーを務めていた女性と再婚し(でもすぐ別れたようです)、子供も作っています。ハワード・スーンズという人が書いたディランの伝記に、この女性の小さい写真が掲載されていますが、黒人のように見えます。

 だから、ボブ・ディランがアリシア・キーズに惚れる気持ちはよく分かります。というか、アリシア・キーズには、白人とか黒人とかアジア人とか関係なく、男なら誰でも惚れてしまうでしょう。

 とはいえ、ポピュラー音楽の歌手としては異常なくらい歌詞への評価が高く、そのためノーベル文学賞の候補にもなっているらしいのに、世界が注目している5年ぶりの新作、その1曲目の第2パラグラフで、いきなりアリシア・キーズにモーションをかけるとは……。さすがボブ先生。見習いたいものです。

 私も、自分の仕事に好きな人を関係させていくという手法は、大好きです。企画が先にあるのではなく、関係を始めたい人が、まず先にいるわけですね。その人と関係を開始したいがために、仕事にかこつけて、何か適当な企画をでっちあげるわけです。

 ディランは1997年のアルバム「Time Out of Mind」でも、1曲目の「Love Sick」で、ストーカーとしての真情を見事に歌い上げました。同じくストーカー気質である私は、「ディランよ、お前も仲間だったか」と思い、大いに感動しました。

 60年代に登場した時は、「社会派フォークの寵児」「プロテスト・ソングの王子」などと持ち上げられたというディラン。本人も自伝で「そんな社会派の奴らと俺には何の共通点もない」と切り捨てていますが、当時は、さぞ苦痛だったことでしょう。だって本当は、好きになった女のことを歌いたい人なわけですからね。だから好きですディラン。(細田雅大)

ディランを擁護するヴェガ

06年09月18日

 ボブ・ディランの5年ぶりの新作「Modern Times」は、彼のアルバムとしては30年ぶりにチャートの1位に輝きました。「アップル・コンピュータのCMに出たのが大きい」と分析されたりしています。

 そして9月14日のニューヨーク・タイムズに、「ディランは盗作したのではないか?」と問題提起する記事が掲載されました。その記事によると、19世紀の無名な米国詩人、Henry Timrodの作品との著しい類似が、「Modern Times」の歌詞に認められるそうです。

 2001年にディランが、前作「Love and Theft」を発表した時にも、同じような「盗作疑惑」が持ち上がりました。覚えている人もいるでしょう。この時は、Junichi Sagaという日本人作家の小説「Confessions of a Yakuza」との類似が指摘されました。

 前回も今回も、ディランは何もコメントしていませんが、「盗作」された側はコメントを残しています。前回のJunichi Sagaさんは、たしか「むしろ光栄です」といった趣旨を語っており、今回のHenry Timrodさんはもちろん既に死亡していますが、彼の研究者は「Timrodが注目を浴びることになり、ありがたい」と語っています。

 過去の作品の歌詞やメロディーを引用・加工することは、デビュー時のディランが取り入れたフォーク・ミュージックというジャンルでは、特に珍しいことではなかったそうです。彼の初期の代表曲「Blowin' in the Wind」のメロディーが、ディランの完全なオリジナルでないことは有名な話です。

 しかしこのフォークの伝統(記事では「the folk process」として言及されています)に異を唱え、ディランを批判する人も、もちろんいるわけです。「ボブは盗みをはたらく卑怯者だ」という音楽ファンの声も記事は伝えています。

 そして3日後の9月17日、スザンヌ・ヴェガの論説「The Ballad of Henry Timrod」がニューヨーク・タイムズに掲載されました。スザンヌ・ヴェガは、80年代に名曲「ルカ」を歌ったシンガー・ソングライターです。実はヴェガは、かなり優れたエッセイの書き手でもあり、過去にも、自分のアルバイト経験や運転免許取得の過程を面白おかしく書いて、ニューヨーク・タイムズに発表しています。

 3日前の記事を読んだヴェガは、ディランの新作に興味を引かれ、さっそくCDを買いにいったそうです。自分の目と耳で、本当にディランが盗作したのかどうか、知りたくなったのですね。ヴェガはまず、次のように書き出しています。

 「ボブ・ディランのことは大好き。ソングライターとして考えた場合、彼の“It's Alright Ma (I'm Only Bleeding)”を歌うことに匹敵することなんて考えられないわ。イメージが滝のように続き、言葉遣いは豪華、そして、すっごくクールな、まったく予想もできないメタファーの数々。それが8分間も続くのよ。私のシナプスは発火して火花となり、日常生活をしている時にはありえない具合に神経細胞が結合しちゃうの」

 ディランの新作を聴き、Timrodの詩を読んだヴェガは、「誰か他の人の作品から、丸ごとフレーズやメタファーを取り出すことは、本当に“folk process”なのかしら? 私はそうは思わないわ」とし、ディランは「誰か他の人の作品から影響を受け、それを加工している」のではなく、「丸ごと借用している」のだと断じています。

 「彼は故意にやったのかしら? 私はそうじゃないと思うわ。おそらく彼には、写真のような記憶力があって、Timrodの詩の一部が頭に残っていたのかも。あるいは、19世紀の詩人の作品にどっぷり浸かりすぎちゃって、何が何だか分からなくなっちゃったのかも。最近の音楽業界では、誰かの音楽をサンプリングして使ったら、その音楽家の名前を挙げて、お金を払わないといけないわけ。でもそれって、あらゆる知的財産に当てはめないといけないのかしら? つまり、彼って本当に“盗みをはたらく卑怯者”なのかしら?」

 さて、ここで皆さんに質問です。ヴェガもまた、一部の「音楽ファン」と同じように、ディランのことを“盗みをはたらく卑怯者”だと思っているのでしょうか。皆さんはきっと、「ヴェガはそうは思っていないはず」と考えているでしょう。ところがヴェガは、次のように論説をしめくくっているのです。

 「そうね。私が思うに彼は、たしかに“盗みをはたらく卑怯者”だわ。だけど私は、脚注やアスタリスクや原曲の紹介文でいっぱいになったディランのアルバムを想像してみるんだけど、そんなことには、まずならないと思うの。彼が学者ぶろうとしたことなんて全くなかったし、そもそも良い人ぶろうとしたことだってないんだから。むしろ彼は、自分は泥棒だって言うんじゃないかしら。背教の裏切り者で、無法者で、芸術家。だから私たちは、ディランのことが好きなのよ」

 ヴェガの論説を読み終えた私は、彼女の考えと私の考えがほとんど同じであることに気づき、驚きました。私は先日、実はストーカー気質であり、そして、好きになった女のことだけを歌いたい人だから、私はディランが好きなのだと書いたのです。以下、私の前回の文章から、しめくくり部分を引用します。

 「60年代に登場した時は、“社会派フォークの寵児”“プロテスト・ソングの王子”などと持ち上げられたというディラン。本人も自伝で『そんな社会派の奴らと俺には何の共通点もない』と切り捨てていますが、当時は、さぞ苦痛だったことでしょう。だって本当は、好きになった女のことを歌いたい人なわけですからね。だから好きですディラン」

 う~む。ヴェガの論説とそっくりな終わり方です。もしやスザンヌ・ヴェガ、私の文章を盗んだのではあるまいな! 盗作だ! 裁判だ裁判だ! 金だ。金を寄越せ!(細田雅大)

ブルックリンのネヴィル・ブラザース

07年06月15日

 いよいよ昨晩から、ブルックリンの音楽の祭典「Celebrate Brooklyn!」が始まりました。私のアパートのすぐ近く、プロスペクト・パークで毎夏に行われる、ほぼ無料のコンサートです。

 「ほぼ無料」というのは、入り口ゲートで3ドルの寄付を求められるからです。また、時々、有料のコンサートもあるからです。有料コンサートは「Benefit Concert」と呼ばれていますから、その収益は慈善団体に寄付されるのだと思います。ちなみに今年の「Benefit Concert」は、マヌ・チャオ(元マノ・ネグラ)とアニ・ディフランコです。

 で、私は昨晩、行ってきました。今年のトップバッターは、ニューオーリンズが生んだ兄弟バンド、ネヴィル・ブラザース。ニューオーリンズにいたことがある私にとっては、見逃せない人たちです。良いライブでした。特に良かったのは、中盤、ローザ・パークスに感謝を捧げた曲「Sister Rosa」から、リンダ・ロンシュタットとのデュエットでヒットした「Don't Know Much」と続いた流れでした。

 ローザ・パークスは皆さんご存知の通り、「公民権運動の母」と呼ばれている、とても偉い女性です。人種差別が露骨に行われていた1955年のアラバマ州。ある日、バスに乗り込んだローザさんは、運転手に注意されても、昇降口そばの「白人専用席」から動こうとしなかったのだそうです。彼女のこの行動がきっかけで、有名な「バス・ボイコット事件」が起こり、それがアメリカの公民権運動の拡大につながったとされています。

 「これから演奏する曲を、パークスさんに捧げる。私の母に、妻に、娘に、そして、世界中の強い女性たちに捧げる」との語りから、「Sister Rosa」の演奏は始まりました


 1955年12月1日、当時42歳だったローザ・パークスがバスの中で体験したことをラップしていくこの曲を生で聴いて、私はじ~んと来てしまいました。そして次は「Don't Know Much」です。正確にはこの曲は、ネヴィル・ブラザースとしての作品ではありません。私が秘かに「ギャングの顔と天使の声を持つ男」と呼んでいるアーロン・ネヴィルとリンダ・ロンシュタットとのデュエット曲です。

 「Sister Rosa」のハードな演奏の後で、あの奇跡のようなファルセット・ボイスが「I don't know much, but I know I love you. That may be all I need to know.」という必殺のフレーズを繰り出すものですから、もういけません。ちょっと泣いてしまいました。(細田雅大)

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