植田菜月(うえだなつき)
1990年、島根県奥出雲町生まれ。島根大学を卒業後、米国フロリダ州のウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートに1年ほど勤務。2015年に帰国後は、地元島根の観光事業やまちづくりにフリーランスとして携わり、2020年7月、宍道湖東岸の岸公園に「宍道湖サンセットカフェ」を開いた。
夕日の時だけ開く湖畔のカフェ
細田 「夕日がきれいに出ている時間帯だけ営業するカフェが宍道湖にある」と聞いた時、アイデアが秀逸だと思いました。カフェが開くかどうかは天候次第、まるでギャンブルのような、ゲームのような感じで面白いですね。このアイデアは自分で思いついたんですか?
植田 そうです。もともとディズニーというエンターテインメント業界にいたせいか、それぐらい尖ってる方が面白いと思ったんです。それに夕日が出ていない時って、ここには人がいないんですよ。夕日を見にきたお客さんに喜んでもらうのが目的なので、夕日が出ない時には休むことにしました。
細田 ディズニーランドと一緒で、アトラクションを楽しみに来た人にサービスするわけですね。
植田 はい。2015年に帰国した時、ここには何もなかったんです。今は自動販売機がありますが、当時はそれすらなくて……。ディズニーで働いていた時は、目の前にいる人をいかに喜ばせるかを考えて接客していたので、ウズウズするというか、もったいないなぁと思いました。夕日だけで満足できるとしても、満足が積み重なればどんどん大きなものになっていって「なんて素敵な場所なんだ、また来よう」ってなると思うんです。宍道湖の夕日は、本当に毎日、違うんですよ。だから「ぜひまた来てほしい」という思いがありました。
細田 夕日は1日1日違う。だからリピーターになってほしいというわけですね。そのためにさらに価値を高めていきたい。
植田 そうです。夕日に対する付加価値として何かサービスができればと思って始めました。
細田 サンセットカフェのアイデアを最初に関係者に話した時、すぐに皆さんの理解が得られましたか?
植田 もう全然でした。私もまだ24、5歳でしたから、「いったいこの女の子は、何を言ってるんだ」という感覚だったと思います。やっぱり人間って、目に見えず、具体的にイメージがつかめないものは理解しがたいと思います。カフェが実際にできて、やっと理解されるようになったというのが実感ですね。 2020年から2年間、松江市の社会実験としての運営を経て、現在に至っています。社会実験として効果があったと認めていただいて、今は市の観光事業の一環として、ありがたくやらせてもらっています。
ステンドガラスのような色使いがチャーミングな宍道湖サンセットカフェ
夕日コンシェルジュを自称して
細田 植田さんには面白いアイデアがあるだけでなく、ブランディングというかネーミングもうまいですよね。例えば「夕日コンシェルジュ」という肩書きを名乗ってらっしゃいますね。
植田 あれは完全に自称で、どこかの団体が認可している資格ではないんですけど、旅先にコンシェルジュがいたら、安心感があるじゃないですか。
細田 夕日コンシェルジュには、どういうサービスが期待できるのでしょうか?
植田 「今日は夕日は出ますか?」とか、もちろん夕日のことを聞いていただいていいですし、「夕日を見た後、どこへ行くのがおすすめですか?」とか「ご飯はどこで食べられますか?」とか聞いてくださってもかまいません。やっぱり旅先では、地元の人の声が気になりますよね? 地元の人がよく行くお店とか。
細田 ガイドブックに大きく載っている店よりは、地元の人にこっそり教えてもらった店に行きたいですね。
植田 そういうお客さんが多いと思うんですよ。夕日だけじゃなくて、観光全般について、力になりたいと思っています。
細田 欧米の場合、コンシェルジュのサービスを受けたらチップを渡す習慣があります。宍道湖の夕日コンシェルジュにも渡すべきでしょうか?
植田 ないです、ないです。むしろ、受け取れません(笑)。
細田 サンセットカフェは、植田さんを含む複数のスタッフで手分けして営業されていますが、植田さん以外の皆さんも全員、夕日コンシェルジュなんですか?
植田 いえいえ。私だけが勝手に名乗っています。他のスタッフは、そんなこと意識していないはずです。
細田 夕日コンシェルジュに会いたい場合、何曜日が確率が高いのでしょう?
植田 私が入るのは水曜日と土曜日が多いです。自分でもすごく楽しいなって思えるのは、お客さんと顔なじみになって、会話することですね。「今日の夕日、きれいだったね」って言い合うだけで、すごく楽しいですよ。カフェで働いていない休みの日も、だいたい夕日を見に来てますから、気軽に声をかけてくださいね。
お客さんにオリジナル・ドリンクの特徴を説明して楽しそうな、夕日コンシェルジュ
自然相手のギャンブル
細田 ところで山陰って、雨や曇りの日が多いじゃないですか? そんな日が何日も続くと、「今日は曇りで夕日は出ないけど、カフェを開きたいな」って思ったりしないですか?
植田 曇りが続いたからカフェを開けたくなる、ということはないですね。いちばん困るのは、夕日が出そうでもあるし出なさそうでもある時です。出そうにないから休みにしたら、夕方、急に晴れた。そんな時はお客さんに申し訳なくて、スタッフ一同、部屋のカーテンを閉めて外の夕日を見ないようにしています。「こんな良い日にカフェが開けられなかった」っていう絶望感があるので(笑)。
細田 たしかに宍道湖は、ずっと曇っていたのに、夕方、いきなり晴れて夕日が出るということが、ちょくちょくありますね。
植田 それが本当に申し訳なくて……。松江観光協会が、夕日が見られるかどうか予測して「夕日指数」というのを発表しているんですね。指数が50以上の時は確実にカフェを開けています。
細田 何時の段階で指数が50であれば、開店なんですか?
植田 夕日指数は1日に数回更新されるんですけど、開店前の最後の更新が午後1時頃なんです。なので午後1時には判断をします。ただ、指数が40だからといって開店しないわけでもないんです。40だと、曇る時もあれば、晴れて夕日が出る時もありますから。ちなみにその次は午後4時頃の更新なんですが、既に開店しているのに指数がゼロになることも、しょっちゅうですね。
細田 自然が相手なわけですから、お客さんにとってはギャンブルですね。カフェをやる側にとっても……。
植田 相当にギャンブルです。そこが面白いんですが。
細田 同じようなことをやっているカフェって他にあるんですか?
植田 私は聞いたことがないですね。やっぱりオペレーション的に難しいんだと思います。私がフリーランスだったから運営できていた面もありますね。今は(株)ちいきおこしという地元企業にサポートをしてもらい、私もスタッフとしてそこに入って、いろいろ企画を出しながら、やらせてもらっている形です。
細田 晴れの日には確実に開けて、夕日指数が40の時は様子を見ながら開けているわけですね。周囲の協力を得ているとはいえ、毎日必ず開けるよりも面倒なのでは?
植田 毎日必ず開けたら、営業時間の短い普通のカフェになってしまいます。「自分だったら絶対、こっちの方が面白いな」って思ったんです。話題性にもつながりますから。
夕日指数40の日の宍道湖。これはこれで壮観だから、やるかやらないかの判断が難しい
奥出雲の子、いきなりアメリカで就職
細田 植田さんは島根県の奥出雲町出身で、進学したのも地元の島根大学です。そしてまずは地元で就職活動をされていますね。でも思わしい職場がなかった。するといきなり、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートに就職しちゃった。それって珍しいケースではないかと思うんですけど。
植田 はい。めちゃめちゃ言われますね。「なんで?」ってよく聞かれます。
細田 何がきっかけで、思い切っちゃったんですか?
植田 もともと島根県から出る気はなかったんです。インバウンド観光(訪日外国人旅行)の仕事がしたかったので、まずは県内で探してみたんですよ。でも、当時は選択肢が限られていて、私のやりたいイメージの仕事がなかったんです。
細田 やりたいイメージとは?
植田 インバウンド観光のお客さんに向けて、広い意味でのサービスを提供できる仕事です。それこそ、今やっている企画立案だったりとか……。今思えば、当時だっていろいろ手段はあったと思うんですよね。例えば旅館に入って学ぶとか。ただ私は性格的に、その……。
細田 しばられたくない?
植田 まだ若かったから、なんと言うか、もっと広く、高く、ワールドワイドなものを目指したかったというか(笑)。その時に思ったのは「人生は長いから、やりたいことが今すぐできなくてもいい。将来に備えて何かを学べる仕事につけばいいんじゃないか」ということでした。で、どうせ学ぶならトップのところで学ぼうと。すると、たまたまフロリダで求人があったんです。
細田 植田さんは大学生の時にアーカンソー大学に短期留学されていますね。とはいえ、海外で働くのは、やっぱり怖くなかったですか?
植田 怖さはもちろんありました。あの時は、人生でいちばん悩んだと思います。
細田 でも、怖さを超えるワクワクがあったわけですね。
植田 そうですね。それに島根には必ず帰ってくるって決めていたので……。あっちに長く住むつもりはなく、期間も最初から決めて、やりたいことを島根でやるために何でも吸収してこよう、というスタンスでしたね。だから、あっという間でした。
細田 最初から1年間だけと決めて行かれたんですね。あちらでは、どんな仕事をされたんですか?
植田 日本館といって、日本文化を紹介するパビリオンで働きました。あそこにはパークが4つあるんですが、万博みたいなのが1つあって、そこには、日本以外にも例えばイタリアとかフランスとか中国とか、それぞれの国のパビリオンがあるんです。日本館では、私みたいな日本出身のキャストが、日本の文化を英語でお客さんに紹介するんです。
細田 それは植田さんの今の仕事にダイレクトにつながっていますね。
植田 そうなんですよ。私がやりたいと思っていた、外国のお客さんに日本の良さを伝えることが目的の仕事だったので、やりがいがありました。日本の伝統文化担当として、毎日、着物を着ていましたよ。
細田 へえ、それは見てみたいな。
植田 着物を着て、例えば盆栽とか日本刀とか、伝統文化を紹介するセクションにいました。それで胸には「SHIMANE」と書かれた名札をつけるんですよ。会話のとっかかりになるように。同期には東京とか大阪とか広島出身の子がいて、そういう都市はよく知られているんですけど、島根を知っている人は1年間でたった7人でした。毎日、何万人もお客さんが来るのに……。
細田 1年でたったの7人……。
植田 衝撃でしたね。でも、日本の伝統文化を紹介していて気づいたのは、外国人が日本を好きだと思うポイントって、島根にもたくさんあるってことなんです。例えば、盆栽の話をしていて日本庭園が好きってなったら、島根には安来の足立美術館があるじゃないですか。
細田 20年連続世界一の日本庭園。
植田 それなのになんで島根を知らないのって思いました。「日本のここが好き」ってあなたが言うものは島根にもありますよって……。つまり、良さを伝えきれていないんだな、と。それを強く実感しましたね。
細田 アピールが足りないんですかね。
植田 うーん……。もちろん、東京や大阪や広島みたいなところの方が、いろいろ楽しい場所が多いとは思うんですけど、今、そういう場所から離れて田舎に行くことがブームじゃないですか。
細田 都会の便利さを求めるんじゃなくて、昔ながらの日本らしさを求める人が増えている気はしますね。
植田 そうなんです。そういう意味でやっと、島根にチャンスが巡ってきたんじゃないかと思いますね。
開店前の準備で忙しい植田さん。空調がないので大変そうだが、チャンスを活かすためにがんばる
海外に出て、性格が変わった?
細田 植田さんは、島根大学の学生さんとも活動してらっしゃいますね。私はよく若い人から「海外に出てみたいんですけど……」と相談されることがあります。そういう若い人に、何かメッセージはありますか?
植田 行きたかったら、どんどん行った方がいいと思います。「行ってよかったな」と私が思うのは、ものの見え方がぜんぜん変わってくるんですよね。大学時代に島根が好きだった理由と、フロリダで働いて戻ってきてから島根が好きになった理由ってだいぶん違っていて、そういう意味では、それまで当たり前に見ていたものを客観的に捉え直す良い機会だったんだなと思います。性格もだいぶん変わりましたね。
細田 どう変わったんですか?
植田 もともと内向的で、人前に出るのも人前でしゃべるのも苦手だったんです。小学校時代の恩師がカフェに来られた時、「性格変わったね」って言われたくらいです。海外に行くと、島根や松江を客観視できるだけでなく、自分というものも、よく見えてくる気がしますね。自分の良さだったり苦手なところだったり……。自分と向き合う良いきっかけになったなと思います。
細田 私も海外生活が長かったんですが、例えば今日、初めて私と会った人は、私のことを内向的だとは思わないと思います。でも昔は内向的でしたね。今も基本的には変わっていないと思います。私の場合、海外に出て変わったなと思うのは、「今、目の前にあるこの機会を逃すのはもったいない」と強く感じるようになったことですかね。
植田 あ、わかります。
細田 「今、この人に話しかけたら、こういう可能性が生まれるかもしれない。恥をかくかもしれないけど、その可能性にかけてみよう」って思うようになりましたね。性格が変わったというよりは、以前からあったけど発揮できなかったものを発揮できるようになった気がします。
植田 私もそうかもしれません。もともと芯は強くて、自分でやると決めたら絶対やる子だったんです。けれど思春期を経て、人からどう見られているかが気になりだし、あんまりものが言えない子になってしまった。でも海外に行って、一瞬一瞬がもったいないって思うようになりましたね。広い世界に出ると、その人にまた会えるか分からないじゃないですか。それに日本って、言わないことが美徳という面がありますよね。「あの人がどう思うか分からないから、自分の考えは言わないでおこう」みたいな。でもあっちは「言わないあなたが悪い」「言わなかったあなたの自己責任」という社会なんだなと分かった時、すごく心地良かったんです。それも海外で学んだことだと思います。今はむしろ、自分の考えを伝えないでいる方が良くないな、と思いますね。
夏の間だけ限定販売される、たそがれビール。「女性にも飲みやすいように苦味を抑えて柑橘系の味にしてあります」と植田さん。米国と違い、日本では、公共の場での飲酒が許されているのが楽しい
宍道湖が劇場に?!
細田 サンセットカフェの企画・運営のほかに、現在取り組んでらっしゃる事業はありますか。
植田 松江って宍道湖だけではなくて、いろいろな水辺の魅力があるんですよね。大橋川とか堀川とか。そういう水辺の関係者と連携して、松江の水辺の魅力を知ってもらうための観光事業の事務局をやらせてもらっています。
細田 松江は「水の都」と言われるくらいなので水辺は多いですからね。
植田 はい。松江の水辺関係では、独自に活動してらっしゃる人がいっぱいいるんですよ。そういう人たちが手を組んで、一体的に計画して、みんなで一緒にやっていければいいと思っています。それぞれが点でやっていても、なかなか伝わらないから、面でやって大きな力にしていこうということですね。
細田 その事務局長なわけですね。
植田 私がいちばん若くて下っ端なので(笑)。雑用係として、楽しくやらせてもらっています。
細田 先日は、カフェの前の芝生に敷いて腰を下ろすための小型シートを検討してらっしゃいましたね。
植田 あれは個人的な取り組みですね。実はサンセットカフェというのは、宍道湖サンセットシアターという大きな構想の一部なんですよ。
細田 シアター?
植田 はい。これこそ理解し難い話だと思うんですけど、例えば、宍道湖が一つの劇場だとしたら、そこの夕日っていうのは、365日、毎日変わり続けるショーになるんじゃないかと……。イマジネーションをふくらませて、そんなふうに宍道湖と夕日を眺めたら、もっと楽しくなるんじゃないかと……。想像の中で、今日の出演者は、夕日と、嫁ヶ島と、白鳥と……。
細田 釣り人と……。
植田 そう、釣り人。そんなふうに出演者は、日によって違います。劇場に見立ててパンフレットを作り、宍道湖の歴史を踏まえたストーリー性をそこに加えて……。そうすれば、ただの夕日とは違う楽しみになるんじゃないかと思って。
細田 サンセットシアターというコンセプトを打ち出すことで、風景に付加価値を与えるわけですね。
植田 シアターとしてのパンフレットやチケットも、実際に作ってみたんですよ。
細田 既に作られたんですか?
植田 一回、試験的にやってみたんです。その時は今のカフェは、まだありませんでした。なので市の許可を得て、電話ボックスを大きくしたくらいの木製のボックスでカフェをやりながら、そういうのを配ってました。夕日が落ちるまで時間が長いので、読み物とかあったら面白いですし、夕日だけ見て、宍道湖についてはよく知らないまま帰る人も多いんですね。そこをストーリーとしてちゃんと伝えられたら、「また来たい」って思ってもらえるんじゃないかと思って……。一回やってみて難しいなあって感じたのは、シアターというのは、なかなか伝えにくいコンセプトだということですね。カフェは分かりやすかったから、先行してるんですけど。
細田 宍道湖サンセットシアターという劇場があって、カフェは、その中の売店という位置づけなわけですね。
植田 そうです、そうです。そこに夕日コンシェルジュとかもいるわけです。夕日スポットって全国各地にあるじゃないですか。他との違いを出すためには、自分の中だけでもいいので何かストーリーがあれば、景色が輝いて見えると思うんです。ただの夕日にしたくないんですね。
細田 おもしろいアイデア! これまでにない、全く新しい宍道湖の楽しみ方を提案するわけですね。
試験的にサンセットシアターを行った時に、植田さんが作って配布したチケットとパンフレット。「世界最大の劇場へようこそ」「365日、毎日公演」がキャッチフレーズ
木製のカフェで笑うスタッフの皆さん。楽しさが伝染する笑顔
黄昏るって素敵な言葉
がれ
たそ
細田 宍道湖畔の素敵なカフェのことを海外の皆さんにも知ってもらいたいので、このインタビューは英訳して英語版も作ります。でもカフェのパンフレットを読んでいて困ったことに気づきました。キャッチフレーズが「こころゆくまで黄昏る」となっていますね。これをどう訳せばいいのか? ウェブサイトにはその英訳があって「Enjoy the view of Lake Shinji’s sunset to your heart’s content.」となっています。これを日本語に訳し直すと「宍道湖の夕日を心ゆくまで楽しむ」となるんですが、「夕日を楽しむ」ことと「黄昏る」ことは、ずいぶん違う気がします。
植田 違うんですよね〜。
細田 「黄昏る」という表現には、どういう思いが込められているんでしょう?
植田 おっしゃる通り、ただ「楽しむ」ということではありません。「黄昏る」にぴったり当てはまる英単語がなくて、分かりやすさを重視して現在の英訳になってるんですけど……。まず、すごく楽しい気持ちで「黄昏る」人ってそんなにいないと思うんですよ。「ちょっと疲れたなあ」とか思っている。でも前向きではあるんですよね。明日もがんばるために夕日を見に来ているというか……。私の解釈では、夕日を見てぼーっとすることで少し前向きになろうとすること、それが「黄昏る」ですね。
細田 それを短い英語で伝えるのは難しいですね。
植田 それができなくて「enjoy」になっちゃってるんです。「黄昏る」という素敵な言葉の含みが、英語でしっかり伝えられればいいんですけど……。
細田 英語版では「tasogareru」と表記して、植田さんが今おっしゃったような説明を加えたいと思います。「tasogareru」とは、ただ「enjoy」することではなく、むしろ落ち込んでいる気分と表裏一体の言葉であり、落ち込んでいる人が、夕日を見ることでほんの少しだけ回復しようとすることである、という感じですかね。
植田 そうそう。ほんのちょっとのことなんですよね。今よりちょびっと幸せになれる、みたいな。だから私は、この場所であんまり大騒ぎはしたくないんです。以前も、私がディズニーの出身なので、「もっとドカンと大きいことをする人かと思った」と言われたことがあるんです。その時も今と同じ話をしたと思います。佇んでらっしゃるお客さんの邪魔にならないように、ちょっとだけプラスになるようなことをしたいですね。だから、カフェで働く私たちの行動指針は「黄昏る人をサポートする」なんです。
細田 それが、寄り添うということでもあるんでしょうね。
植田 黄昏る人には寄り添うことしかできないな、というのが私たちの考えです。「少し疲れたな」という人でも、夕日を見て、ほんのちょっとだけ元気になってもらえたら、すごく嬉しいです。
細田 宍道湖の夕日には、その力があると信じてらっしゃいますか?
植田 もう完全に。だからぜひ、夕日を見にお越しください!
一日のカフェ営業も終わりに近づき、夕日を撮影してSNSに投稿する植田さん。彼女もまた、宍道湖の夕日に励まされている一人なのだ
サンセットカフェの前でスズキを釣って、植田さんにいいところを見せようと張り切ったものの、例によって何も釣れなかった細田の後ろ姿。これで本当にショーの主役が務まるのか
細田雅大(ほそだまさひろ)
1966年、島根県松江市生まれ。まず東京、次に米国ニューヨークで雑誌編集や翻訳に携わり、海外生活を2014年に切り上げてからは松江市で英語の翻訳及び通訳に従事。釣り人としてブログ「アメリカのソルトルアーで日本の魚は釣れるの?」を継続中。ラッパー「MC Ganta」としても活動。ほかのインタビュー記事もよかったらどうぞ。